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第百四十四話(まこと篇-5)

そのまま二人してその場でジュースの缶を開けた。
まだ興味深げに自販機から目を離さずにいるはるかの姿を、まことは街路樹を囲んだ柵に肘でもたれかかりながらぼんやりと眺めた。
視線に気づいたのか相手がふとこちらに振り向き、どうかした? と訊いた。
慌てて首を横に振って応じた。

その一瞬まことの目に、自販機のプラスティックに反射した陽射しがはるかの形を宙に切り取って見せていた。
淡い橙に輝いた彼女の輪郭がまるで景色から浮き上がってでもいるかのようだった。
だがそんなふうに感じていたことを相手には決して気づかれたくなくて苦し紛れに眉を動かすと、はるかがすぐ、なんだか変な顔、といって笑った。

一息ついて落ち着くと、また互いに多少迷った末結局もう少しだけ商店街の先まで歩いてみることにした。
どうせなら終わりまでいってみようよといい出したのはたぶん自分の方だった。
見渡した限りではめぼしい店もさほどなさそうだったのだけれど、このまま帰ってしまうのはなんとなくもったいない気がしていた。
おそらくはるかも同じような気持ちでいてくれたのだろうと思う。

並んだ店のそれぞれから庇が伸びて日陰を作ってくれていた。
それでもアーケードと呼ぶにはちょっと貧乏くさい雰囲気だった。
時折飲料メーカーの広告を兼ねた喫茶店の看板なんかが道の真ん中に迫り出しては二人の行く手をふさいでいた。
まことはずっと車道の側を歩いていたのだけれど、そのたびにはるかとの距離が開いたり縮んだりしてしまうのがほんの少しだけ歯がゆかった。
その間中ずっとすれ違う人はもちろん通り過ぎる車もほとんど目にすることはなかった。

隣で不意にあっと声が上がった。
目をやるとこのつかのまにはるかはもう一軒の店のショウ・ウィンドウに両手をついて中に見入ってしまっていた。
どうしたの? 何か見つけた? と近寄って肩の上から相手の視線の先を覗き込もうとした時だった。
かすかな髪の匂いが立ち上がりまことの鼻腔をそっとくすぐった。
たちまちいつだったか風呂上りのはるかに裏庭でしがみついた記憶が甦り、しばし何もない頭上に漂って消えていった。

はるかの目を引いた一軒は骨董屋とでもいったような風情の店だった。
看板を見上げてもみたけれど文字はすっかりかすれてしまって読み取れなかった。
ただ店名はどうやらカタカナで表記されているようだった。
視線を戻すと目の前のドアはひどく頑丈そうな作りで、まだ子供の域を本当には出ていない自分たちにはいささか敷居が高そうだった。
少なくともまことにはそんなふうに思われた。

ショウケースの向こうには店内がおぼろげに見えていた。
さほど広くはなさそうな中央のスペースに六角形の天板を持った木製のテーブルが幾つか据えられて、その上に人形やらブローチやらの小物がひしめき合うようにして載っている。
両側の壁に据えられた棚の中にも似たようなものがたくさん陳列されているようだった。

ほらあれ、とあごをかすかにしゃくるようにしたはるかの瞳が近かった。
一瞬鼓動が耳元で大きく鳴ったようにも思われた。
急いで咽喉を動かして息を飲み、それからはるかの示した先に目をやった。
右側のちょうど真ん中当たりに、見ただけでは用途のはっきりとしない置物のような商品があった。
白っぽい陶製の人形が二つ、向かい合って同じ台座に載っている。
店の外からではきちんとはわからなかったけれど、さほど大きなものではなさそうだった。

「ねえ、こういうの、アンティーク・ショップっていうんじゃないのかな。あたし入ったことないや」

中を覗き込んだままのはるかがいった。

「え? あんちくしょう?」

言葉がよく聞き取れずに尋ね返した。
すると途端に相手が振り向いて破願した。

「まこと、それわざと? それとも素?」

「え、なに? あたしなんか変なこといったかな」

きょとんとしたまことに相手は手で口を押さえながら懸命に笑いをかみ殺して首を大きく左右に振った。

「なんでもない、今のは忘れて」

そう肩をすくめたはるかはこちらに言葉を返す暇も与えず、ねえ入ってみようよ、とすばやくまことの手を取った。
でもやってるかどうかわからないんじゃない、といいかけたまことの言葉を途中でさえぎり、定休日だなんてどこにも書いてないわよ、とはるかはまるでそれが自分の手柄ででもあるかのような口調で続けた。
はるかのいったとおり鍵はかかっていなかった。
はるかがそっと扉を押すと、重いドアの向こうでゆっくりと鐘みたいな音が鳴った。
おじゃまします、と小声で中に向けていいながらはるかが先にドアを潜った。
仕方なくまことも体をくっつけるようにして従った。


[第百四十三話(まこと篇-5)] [第百四十五話(まこと篇-5)]

by takuyaasakura | 2008-07-10 12:15 | 第百四十四話(まこと篇-5) | Comments(0)
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その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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