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カテゴリ:第九十六話(まこと篇-4)( 1 )

第九十六話(まこと篇-4)

初めて冬の湖畔を訪れたのはいったいもう何年前になるのだろう。
あそこに越して来た年で間違いはないから、自分はまだ九つだったはずだ。

はるかの母に連れられて、自分とはるか、それに哲平の三人で最初に出会った公園で遊んだことがある。
どういう経緯で四人が揃ったのかはきちんとは覚えていない。

はるかは真赤な手袋をしていた。
片方だけなくしてしまうことのないように左右の二つが一本の糸で結ばれている種類のものだった。
糸は太くて編みの緩い、確か黄色の毛糸だったように覚えている。
でもひょっとすると本体と同じ赤い色だったのかもしれない。
甲のところに縫いつけられたヒヨコのアップリケの色彩が、自分の中でより強く印象に残っているだけなのかもしれないとも思う。
だがどれほど懸命に記憶を呼び起こそうとしても、結局その映像は鮮明には甦ってくれないままでいる。

自分はといえば、当時はもちろん手袋など持ってはいなかった。
いつものオーバーオールのごわごわとしたポケットにしっかりと両手を突っ込んで寒さを必死にこらえていた。

地面はところどころ雪に覆われていた。
樹々の幹がすっかり黒っぽく見えていた。
公園に着くとすぐ、一つきりしかない観光客向けの売店ではるかの母がお汁粉を御馳走してくれた。
ポケットから手を出して受け取ると、かじかんだ指がまず熱さに驚いてそれから次第にぬるんでいった。

いつのまにまばらな雪が散り始めていた。
白いつぶてはまるで互いにじゃれ合ってでもいるように気紛れに揺れながら、時折思い出したように赤紫の御椀に飛び込んでは見る間に溶けて消えていった。
口をつけるとお汁粉はとても甘かった。

不意に隣のはるかが眉をひそめた。
困ったような顔だった。
どうやらまことの手元に気づいたらしかった。

冷たいでしょ。
はるかの一個貸してあげる。

いいながらすでに彼女はお汁粉を持ったままの両手を窮屈そうに動かして左の手袋だけを外そうとしていた。
容器が傾き今にも中身がこぼれそうになる。
気づいたはるかの母が慌てて助け舟を出しどうにか惨事は免れた。
叱られたはるかは不服そうに唇を尖らせていたけれど、すぐにまことに向きなおって照れたように笑ってみせた。

そのままはるかは結局自分のお汁粉を一旦母親に預けてしまい、まことをそばに呼び寄せると最初の思惑通りに手袋の片方を外し、これ使いなよ、と差し出して寄越した。
どうしようかとはるかの母を見上げると、彼女はあからさまに苦笑していた。
この子そういうのいい出したらきかないから、黙っていう通りにした方がいいかもしれないわよ。
目を細めながらそう返事され、顔を戻すと当のはるかが力強く頷いていた。
なんだか威張っているみたいだった。

一瞬だけ迷ってから御椀を持ちなおして空けた左手を差し出した。
はるかが手袋をはかせてくれた。
細い指が手首に触れてちょっとだけくすぐったく感じた。

手袋は親指とそのほかの指だけが分かれているタイプのものだった。
毛糸の内側にわずかながらはるかの体温が残っていて、それが不思議に照れ臭かった。

作業が終わると二人の間には黄色い糸が緩くたわんでぶら下がった。
―だからやっぱり、糸は赤ではなかったのだろう。

少し離れた場所から哲平が自分たちを横目で見ながら忙しくお餅を頬張っていた。
彼もやはり素手だった。
寒そうにジャンパーの襟をしっかりと立てていた。

早速母から自分の御椀を取り戻したはるかがそのまま木立の下のベンチを指差して、あそこで食べようよ、とまことを誘った。
答えなど待たずに歩き出した相手を慌てて追いかけた。
手と手が結ばれていたせいでそうしない訳にはいかなかったのだ。
糸が伸び切ってしまいそうになるたびにお汁粉をこぼしそうになったけれど、どうにか最後まで持ち応えて無事目的の椅子にたどり着いた。

振り向くとはるかの母が一人きりになった哲平に近づいていくところだった。
ベンチからは大声ならば届くかどうかという距離だった。
何故だかそこではるかと顔を見合わせて笑みを交わした。
その意味はけれど当時も今もはっきりとはしない。
たぶん言葉も交わさなかった。
でもそれだけで何かが通じていた気もする。

まことは最初相手の左に座ろうとしたのだけれど、それだと互いの外側の手が結ばれる形になってしまうことに気づいて位置を入れ替えた。
それでもはるかが箸を運ぶたびに糸が動き、御椀を持ったまことの左手にかすかな力を伝えて寄越した。

お餅を飲み込んだはるかがふとこちらに向いた。
悪戯っぽく首を傾げた相手は、それからそっと耳元に顔を寄せてきた。

初めて会った時さ、実はあたしすごくどきどきしてたんだよ。

吐息がこそばゆく耳に当って戸惑った。

どうして? と訊き返したけれど、はるかは同じ笑みで、内緒、と答えただけだった。

すぐにどちらのお汁粉もなくなってしまった。
空になった御椀をそれぞれの脇においてそのまましばらく降りしきる雪を眺めた。
山の上の空は目の前と同じように白く曇り、雪はまるでどこからか突然目の前に現れてくるようにも見えた。


[第九十五話(はるか篇-4)] [第九十七話(まこと篇-4)]

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by takuyaasakura | 2008-05-01 12:53 | 第九十六話(まこと篇-4) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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