Thanks! 10th ANNIVERSARY  特別企画
カテゴリ:第百一話(まこと篇-4)( 1 )

第百一話(まこと篇-4)

「あんな記事が出てからいつのまに、あの店は客に毒を飲ませるなんて噂になってる。
だけどそんなことある訳がないじゃないですか」

男はそこで小さく笑った。
歪められた笑い声がひどく嫌らしい響きとなって自分と母との真ん中にわだかまった。

「ですけれど、従業員の方の死因に不明な点があったことは確かなんじゃないんですか」
「どうしてですか? 
ちゃんと死亡診断書も出てるから葬儀が出せた。
あなただってまだ見たところお若いようだけど、でもそれくらいは知ってるでしょう。
この国ではきちんとした手続きを踏まなければ葬式一つできないようになっているんだ。
彼は身寄りがなかったから全部私が手配した。
それだけのことです。
いわば善意ですよ。
それを非難されたらこちらとしてはまったくたまらないですよ」

間違いなくそれは仁村だった。
幾ら映像や音声を加工されていても、日頃から見慣れている相手であれば体格や仕草、それに喋り方でわかった。

「ですけれど、私どもの取材によると、どうもその死亡診断書を出す際にもある種恫喝のようなことがあったのではないかという情報もあるのですけれど」

「そんなのは出鱈目だ。
誰がいってるんですか。お医者さん本人ですか。
だったら彼もこういうところに現れてきちんと発言するべきでしょう」

言葉こそ丁寧だったが口調にはすでに怒気が顕だった。
母はミカンを持った手をすっかり止めて食い入るように画面に見つめていた。
心なしか頬が震えているようでもあった。

次の質問がインタビュアーの口から出てきたのは、一つ咳払いに似た音が挟まった後だった。

「まずそもそもが、この亡くなられた従業員の方の御両親というのが、もうすでに十数年前になりますけれど、当時あなたとの間に金銭トラブルがあって、前後してお二人とも事故死されてるんですよね。
これは間違いないでしょうか」

「トラブルっていうほどのことではない。そんな大袈裟な。
確かに多少のお金を工面してあげたことはありますよ。
でもそれはむしろ私が彼らと親しかったからだ。
でなければ息子さんの面倒を見たりはしないでしょう」

「そして今回の事件になる訳ですが、時間をおいてとはいえ親子三人が自然死ではない亡くなりかたをされるというのは、これはやはり異常な事態なのではないでしょうか」

「世間にはそういうことも絶対ありえないとはいえないでしょう。
運が悪い家系だったというんですかね。
だけどそういうのはそっちの専門の方に訊いていただいた方がわかるんじゃないですか。
それにね、言葉尻を捕らえるようで申し訳ないけれど、彼の場合は事件なんかじゃない。
今の質問は失礼だろう」

噛み付いた仁村には答えずに質問者はさらに問いを重ねた。

「死亡された男性にはかなり高額の保険がかけられて、しかも受け取り人は貴方だったということですが、これは事実ですね」

「いわば家族のようなものでしたから。
金額に関しては私自身はほとんど知りませんでした。
彼がそれほどの恩義を感じてくれていたということだったと受け取っています」

「それだけではありません。
今回の取材のきっかけとなったこの記事によれば、貴方と金銭の貸借関係があった方々の中には自殺された方が少なくなくいらっしゃる。
御本人だったり御家族だったり、近いところでは三年前にも女性が一人自殺されています。貴方のお店の常連だった方のお姉さんだそうですね。
この弟さんという方も、貴方との間にやはり金銭トラブルがあった訳ですね」

「うちは商売上、その日はまあつけでもかまいませんということは時にはありますよ。
それを金銭トラブルと呼ぶのならそうなりますか。
だけどそんなことは日常茶飯事だ。
しかしさっきから何をおっしゃりたいのかな。
私からすればそんな根も葉もない噂を文章にしたり電波に乗せることで給料をもらっている人間がいることの方が許し難い。
地方都市で細々と日々の生計を立てている弱者をいじめて何が面白いんだ」

画面の中の仁村が腕を持ち上げて額の汗を拭った。

「だいたい本当に後ろ暗い所があったらこんな取材に応じたりはしませんよ」

その台詞の後から機械を通ってかすかに聞こえてきた男の含み笑いはどこか瀕死の獣の呻き声みたいに聞こえた。
あのばか、と母が低く呟いた。

録画の映像はそこで終わった。
カメラは続いてデスクに並んだキャスターたちの姿を映し出した。
見なれたニュースの光景だった。

いずれにせよ、現段階では我々はいつか警察が真実にたどりついてくれることを願うしかできない訳ですが、と前置きした白髪の男性が、そのまま幾つかの事件を引き合いに出し、保険会社の審査体制の問題点などを指摘していた。
口調は終始仁村がいわばクロであるといわんばかりのものだった。

何をどう口にすればいいのかわからなかった。
おそらくは母も同じだったに違いない。
二人ともこたつに足を突っ込んだまま身動き一つできなかった。


[第百話(まこと篇-4)] [第百二話(まこと篇-4)]

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by takuyaasakura | 2008-05-12 11:12 | 第百一話(まこと篇-4) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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