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カテゴリ:第百六話(まこと篇-4)( 1 )

第百六話(まこと篇-4)

その三日間を自分はいったい何を思って過ごしていたのだろうと時に訝しく思い出すこともある。
母が警察に連れていかれたということ以外は何もわからぬままでいた。
それ以上のことは考えられなかったし、考えたくもなかった。

相談できる相手など周囲にはもちろんいなかった。
浮かぶのは隣家の人たちだけだったけれど、むしろはるかや彼女の母親には決して知られたくない気持ちの方が強かった。

自分と母とがこれからどうなるのだろうかといったことはほとんど考えていなかったようにも思う。
それよりは、もしこんな時に仁村が訪れたらどうしようかと、その心配ばかりしていた気がする。
家中の鍵を確かめて回ったことも一度や二度ではなかったはずだ。
事実日中に幾度かチャイムが鳴りもしたけれど、出ることは頑なにしなかった。

まことはじっと客間のテレビの前に座りこみ、といってスイッチをつけることもせず昼も夜もそこでぼんやりとしていた。
空腹を覚えれば家の中にあるものを食べた。
ミカン一つでお腹はすぐ一杯になった。

まるでその場所には誰かがいなければならない決まりがあって、母がいない今、自分がその代わりを務めなければならないのだと、そんな馬鹿げたことをすっかり信じていた気もする。
そうやってただ仁村の影に怯えてばかりいた。

だがそれも後になってみれば取越し苦労でしかなかったことがわかった。
事実は、仁村もやはり母と同じ日に身柄を拘束されていたのである。

だから振り返って冷静に考えてみれば、母の不在の間の来客はおそらくは警察の人間だったか、でなければはるかの母が、一人残された自分のことを心配して様子を見に来てくれていたのに違いない。
あるいは気の早いマスコミなんかも混ざってしたのかもしれないけれど、表を覗くこともしなかった自分には知る術などなかったし興味もなかった。

その頃には所轄の警察署に連れていかれた母と仁村とが、別々の部屋でそれぞれに長時間にわたって尋問を受けていたのだろう。
容疑はもちろん刑事たちの一人がまことの前で告げた通りのものだった。

事件の発覚は保険会社の審査がきっかけだった。
過去十数年の間に仁村が複数の、しかもまったく血縁関係のない人間の保険金の受け取り人となっていたことが不審視されたのである。
さすがに同一の保険会社に加入することは避けていたようだったが、それもかえって意図的なものを感じさせる結果となったらしい。

実際被保険者である安原和彦の死には、二十四という年齢が若過ぎること以外にも幾つかの疑問点があった。
調査の過程で保険会社の調査員がまず同人の死亡診断書を書いた医師と面会した。
ところが対面した医師は一貫して相手の目を見ようとはせず、言葉も終始歯切れが悪く、結果としてこの時の印象が疑念を決定的なものにした。
保険会社は事件性を仄めかして警察に捜査の可能性を打診し、さらに幾つかの状況が重なってまもなく県警が本格的に動き出した。
それでも同人の死が、毒物、それもおそらくは砒素による殺人と断定されるには今少しの時間を要したとのことだった。

もちろん当時のまことにはそんな一連の動きがわかるはずもなかった。
こういった内容のほとんどは、母の裁判が結審した後に、図書館などで当時の雑誌や新聞の縮刷版をひもといてようやく自分なりに理解したものである。
中でもあの仁村のテレビ出演のきっかけとなった週刊誌には幾度も繰り返し目を通した。

その記事によれば、事件の当日も被害者はいつも通り深夜まで『ステラ』に勤務していたらしい。
店には彼ともう一人の女性従業員のほか客が二人いただけだった。
名前こそ出てはいないけれど、もちろんこのもう一人とは母のことに間違いがなかった。
経営者としてやはり仮名で標記されている仁村は、この日はまださほど遅くない時間に一度店に顔を出しこそしたけれど、三十分も経たないうちにどこかへ出かけていったと記されていた。
このまま普通に考えれば、被害者と最後まで一緒にいたのは母だけだったということになってしまう。
だがそう簡単には断定できないらしく記者もこの点は言葉を濁していた。

少し前から被害者は体の不調を訴えていた。
これには複数の常連客が証言があった。
実際短期間に顔色もひどく憔悴し、腹部の疼痛をかなり気にしていたとのことだった。
母が彼に薬を手渡していたという目撃談も、捜査の過程ではどこからか出てきていたらしい。
だがこの客は法廷で証言することをしていない。
おそらくは必要なかったからだろう。
最初から母は起訴事実を認めていた。
したがって裁判の争点はもっぱら仁村の関与の有無に絞られていたのだろうと推察された。

最後の客が帰った時点から被害者が問題の医師の病院に運び込まれるまでには五時間近い空白がある。
解剖がなされなかったので彼がどの段階で砒素を飲まされどれほど放置されていたのかは明らかではない。
被害者は明け方になってようやく治療を受けているのだけれど、この時安原を運んだのは仁村の車だった。
ハンドルを握っていたのも当然仁村本人だった。
だがその助手席に母が乗っていたかどうかまでは問題の週刊誌には記載がない。
母が同乗していたと断定しているのは二人の逮捕後に書かれたものだけである。

まことが疑問に思ったのはまずこの点だった。


[第百五話(まこと篇-4)] [第百七話(まこと篇-4)]

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by takuyaasakura | 2008-05-19 12:16 | 第百六話(まこと篇-4) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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