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カテゴリ:第百七話(まこと篇-4)( 1 )

第百七話(まこと篇-4)

母が葬儀に出席したのは夏休みの終わりに近い時期だった。
それ以前、長くても一週間以内の間に母の様子に違和感を感じたことはおそらくなかったはずだった。
確かにまこと自身も毎晩母の帰宅を見届けていた訳ではない。
むしろ明け方に帰宅することの方が多かったことも事実ではある。

けれどもし母が事件にかかわり病院にまで付き添っていたとしたならば、つまりはこの夜人の死を目の当りにしたとするなら、家ではそんな素振りを一切見せずに、むしろ指輪を見せびらかしたりしてはしゃいでさえいられたとは、まことにはとても考えられなかった。
むしろいずれ自分にも訪れるはずの死というものへの怯えをこらえきれずに娘に当り散らすなりあるいは取り乱すなりしていた方がよほど母らしいと思えた。

だが逆に母が事実自らの手で男に毒を飲ませていたのだったとしたら、それほどの覚悟のできる人間だったなら、娘の前でそんな演技を貫くこともあるいは造作もないことだったのかもしれない。
そう反駁してみるとそれはそれで筋が通っているように思えたことも一方では本当だった。

それでもまことはやはり、母は本当はやっていないのだろうと思う。
もちろんそこには、最後の最後のところで自分の肉親を信頼したいという気持ちも紛れ込んでしまっている可能性もある。
だがあの時期の母に死者にまつわるような嫌な気配を感じたことはなかった。
目に見えぬ呪詛めいたものをまとっていたのは終始仁村一人だった。
まことはどこかで自分のその直観を信じていた。

病院に運び込まれた時には被害者はすでにほとんど虫の息だった。
血圧は測定も困難なほどにまで低下し、意識も十分でないまま弱々しい嘔吐を繰り返した後、結局彼は到着から三十分も経たないうちに天に召された。

本来なら医師にはこの段階で、事件性を予測し、同人の死を不審死として警察に届け出なければならない義務があった。
だがこの判断は為され医師は急性心不全の病名で死亡診断書を書いた。
そして同日朝のうちにはもう火葬の手配が済んでいた。
一連の差配を振るったのもやはり仁村だった。

この葬儀業者もまた店の常連客の一人で、やはり仁村に少なくない負債があったと報じている記事も見つかった。
この日の出来事でもう一つ注目すべきなのは、この夜に医師が被害者の口元を拭った布がどういう理由でか廃棄されず、後に事件を立証する重大な証拠品として法廷にも提出されている点だろう。
砒素はここから検出された。

最初の週刊誌には過去十数年にわたって仁村の身辺で起きた不審死を列挙する記載もあった。
テレビでインタビュアーが質していた通りの内容もあったし、中にはそうでないものも挙げられていた。
彼らやその縁者の中に仁村の店に出入りしていた者があることと、仁村が売春の斡旋や賭博などによって表に出てこない収益を得ていたこととを思わせぶりに併記して、問題の記事は終わっている。
おそらくこの雑誌が出たことも警察を動かす遠因の一つとなっていたのだろう。

当初の警察の捜査方針は仁村が主犯で間違いないとのものだった。
事情聴取の段階での母の容疑は共犯か、あるいは事後従犯のレベルだったらしい。
犯行を知っていながら通報をしていなかったのだとすれば少なくとも犯人隠匿の罪が問えるはずだった。

二人をそれぞれに連行した警察は、この線に沿って取り調べを進めた。
最初のうち二人は二人とも容疑を否認するだけでほとんど黙秘を通した。
おそらく母は落ち着かなく一日分の煙草を瞬く間に灰にしていたことだろう。

尋問は被害者死亡当日の二人の行動を質すことが主だった。
互いの証言の齟齬を洗い出しそれぞれにぶつけてみるというのが、複数による犯行が想定される場合の取り調べの定石であるといったようなこともどこかに書かれていた。
各々が相手への疑心暗鬼を抱けばより事実に近い自供が引き出しやすいのだそうである。

だが仁村も母も一昼夜の間頑として口を開かなかった。
察するに表だっては書かれないような部分では虚虚実実の駆け引きもあったに違いない。
あるいは二人は最初からこのことを想定し、まことの知らぬところで綿密な打ち合わせを済ませてもいたのかもしれなかった。

そしてついに二日目の夜、母が喋った。

―全部自分一人でやった。
母はそう切れ切れに言葉にすると狭い取り調べ室の机の上にそのまま泣き伏したのだそうである。

果たしてその涙が本物だったのかそうでないのか。
ひょっとすると周到に計算された芝居だったのかもしれないとも思う。
だが仮にそこに多少なりとも真実が混ざっていたのだとしたら、いったいそれは誰のためのものだったのだろう。

誰でもいいからそれを教えてほしいとまことは思う。

自分が本当に知りたいと思っているのは、実は母の無罪でもなんでもなく、ひょっとするとただその一点だけなのかもしれない。
ふとそんな気がすることもある。


[第百六話(まこと篇-4)] [第百八話(まこと篇-4)]

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by takuyaasakura | 2008-05-20 12:24 | 第百七話(まこと篇-4) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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