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カテゴリ:第百十五話(はるか篇-5)( 1 )

第百十五話(はるか篇-5)

抱かれている間中ずっと、自分が自分の体にいないような気がして仕方がなかった。
もうほとんど明け方に近い真夜中になってから帰宅した。
そのままホテルに泊まってしまうことはどうしてもしたくなかった。
一人では帰せないといわれ、結局車で家の前まで送ってもらった。
そんなやりとりの間も原田は終始嫌な顔一つ見せはしなかった。
それを多少なりとも好ましく感じたことも一方では本当だった。

音を立てないように鍵を回すそれだけのことに緊張で手が震え出しそうになった。
そっとドアを開け、同じように後ろ手に扉を閉めて顔を上げた。
その時ふと、いないはずの母の顔が見えた気がした。

慌てて首を振り灯りをつけた。
見慣れた家の光景がたちまちはっきりとしてほっと胸を撫で下ろした。
かすかに蛍光灯の音が鳴っていた。
だがほかは全てがしんとしていた。
幸い父もぐっすり眠っているようだった。

なんだか部屋に戻ることが躊躇われて仕方がなかった。
後悔に似た気持ちのままもう一度シャワーを浴びて結局居間のソファで少しだけ仮眠した。
翌日の日曜日は一歩も家から出なかった。

その一夜を通り過ぎただけで、以来会うことの目的は体を重ねることにすりかわってしまっていた。
求められればやはり拒むことはできなかった。
はるかには父のことがあったし、どうやら原田の方もさほど時間が自由になる訳ではないらしかった。
何よりも関係そのものが後ろめたく、たまに食事をしても他人の目ばかりが気になって会話が弾むこともなかった。

考えてみれば自営業とだけは知っている彼の家が、ではいったい何をやっているのかということさえきちんと確かめてもいなかった。
もっとも、仕事の話を訊ねると原田が決まってかすかに顔をしかめることもその理由の大きな一つではあった。

そんな状態がもう半年以上も続いてしまっている。
たとえば智和君の母親から奪うような形になってでもいいから原田と結婚したいと、あるいは自分はそう望んでいるのだろうかと、時にそんなふうに自問してみることもある。
だがそれだけの言葉ですらなんだか体に馴染まない気がした。
むしろそう思えるくらいの方が楽だったかもしれないとさえ思った。

それは結局、自分が決して原田を愛しているという訳ではないということなのだろうとも思う。
おそらく原田に向けた想いは、短大時代の彼へのそれと違うようでいて実はさほど変わらないものなのだろう。
自分の気持ちを見極めようと突き詰めていくとやがてそんな考えに行きついてしまうこともある。
けれど一旦それを認めてしまえば自分が一層みじめになってしまう気もして結論を出すことからは逃げていた。

―こんなの、ただ流されてるだけじゃない。

気がつくとテーブルの上に組んだ指が苛立たしげに動いていた。
気づいてはるかは慌てて合わせていた手のひらを離し、所在ない気持ちのまま今度はそれを目の前に並べて広げてみた。
長く伸びたそれぞれの指がなんだか淋しそうだった。
いつのまに汗ばんでいた手の下で木目の天板がひんやりと冷たかった。

―お父さんの失敗。確か智和君はそんなことも口にしていた。

そこで自ずと飯島先生の言葉が甦ってきた。
察するに原田の家はどうやらこの界隈では有名だということなのだろう。
だがはるか自身は智和君の話題でもなければその名前を耳にしたことはなかった。

いや、とはるかは苦笑する。
というよりむしろ、園以外の場所で人と話すこと自体が今の自分にはほとんどないのだ。
そう気づいてしまえば改めて我が身の生きている世界がいかに狭いかをつきつけられたようでさらに気が重くなった。

―狭いなんて言葉じゃ足りないか。

我知らず重い息が口からもれていた。
もちろん買物に行けばレジの人の声は聞く。
中にはすっかり顔見知りになり、お金をやりとりしながら天気の話程度の会話を交わす相手もいる。
この前はマーチを買った中古車センターの人に車検の相談に乗ってもらった。
父の検診に行けば医師や看護士さんたちと言葉も交わす。
でも結局はその程度だった。

はるか自身が生まれた時には家族はもうこの家に住んでいた。
ただ両親がこの場所に越して来たのは結婚の後だったと聞いていた。
父も母も同じ県内の出身ではあったが、元々からこの町の住人だった訳ではなかったらしい。

加えてちょうど山道の入口に当るはるかの家の界隈は元々人家が少なかった。
近所付き合いといえそうなのはまことの家とせいぜい『くずみ』くらいのものだった。
そのうえ父も母も噂話の類を嫌う性質だった。
あのまことの母の事件のことでさえ、少なくとも食事をしながらといった普段の会話の話題になるようなことは決してなかった。
そんな環境のせいもあり、時に世間話なんて言葉の意味さえ今になってもまだ上手くつかめていないような気がすることもある。

ずっとここで暮らしてるのに町の噂なんてものにも一切無縁だものね。
思いながらはるかはため息をつき、それからゆっくりと髪を掻き上げた。

―本当あたし、なんにも知らないんだな。

今日だけでもう幾度目とも数え切れないその言葉を頭の中で繰り返しながら立ち上がって窓際へと歩いた。
少しだけでも気分が変わってくれればと願っていた。


[第百十四話(はるか篇-5)] [第百十六話(はるか篇-5)]

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by takuyaasakura | 2008-05-30 12:28 | 第百十五話(はるか篇-5) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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