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カテゴリ:第百十七話(はるか篇-5)( 1 )

第百十七話(はるか篇-5)

だめ、と思ったけれど間に合わず、啜った鼻が音を立ててしまった。
あれ、と思うまもなく今度は目元が温かくなった。
人差し指を運ぶとまなじりに涙がたまっていた。

片岡さん? 片岡さん? はるかちゃん? 
手の中で相手の声が繰り返し自分の名を呼んでいた。
気がつくと肩が震え出していた。

「ごめんなさい、なんでもありません」

急いでそれだけ口にした。
けれど耳に返った自分の声はもう泣き声だった。

「切っちゃだめよ」

ゆっくりと相手がそういった。
見えるはずもないのに子供のように頷いていた。

「心配はしてたの。
この頃少しおかしいかなとは感じてたから。
もちろん御両親のことも園長から聞いてはいたしね」

はい、とどうにか絞り出した。
だがその短い音が途切れ途切れになってしまった。

「でもそれだけじゃないのね?」

この気持ちはなんなんだろうと思いながら再び首を縦に動かしていた。
彼女の言葉が耳に届くたびに自分のどこかが解けてほつれていくようだった。
はるかがその感情に戸惑ってなお何もいえずにいると相手もまたしばらく黙った。
さっきと同じノイズが耳元で静かに響いていた。
けれどさっきとは少しだけ手触りが違った。

「ねえ片岡さん、少し出てこられる? 
貴女も車運転するものね。
それともひょっとしてもう飲んじゃった?」

かぶりを振り、慌てていいえと声に出した。

「まあとにかく会って話しましょう。
出歩くのもきっと多少は気分転換になるわよ」

そういって飯島先生は園より少し先にある街道沿いのファミリーレストランの名前を出し、場所わかる? と訊いてきた。
使ったことのない店ではなかったので、わかりますと頷いて応じた。
家からは車で二十分かかるかどうかという距離だ。
はるかがそれを告げると、じゃあ三十分後にね、と確認して相手が電話を切った。

手の中でまだ鳴っている話中の無愛想な信号音を聞きながら、いったい何が起きたのだろうと考えた。
でも頭がもう上手く回ってくれなかった。
彼女と会ってあたしは何を話すつもりなんだろう。
ひょっとして全部を打ち明けてしまったりしようとしているのだろうか。
だが今の電話を考えても、会ってしまえばあるいはそこまで口を滑らせてしまうかもしれない。

でもどこかで自分自身がそれを望んでいるような気もしていた。
正確には、自分の中にいるもう一人の自分がそうしろと急かしているようだった。
いずれにせよ一人で抱え込んでいるのはもう辛かった。

何より待ち合わせを約束してしまった以上は出かけないで済ます訳には絶対いかない。
自分がそういう性格であることは誰にいわれなくてもよくわかっていた。
急いで支度をしながらふと気になってそっと父の部屋の扉をうかがった。
もう休んでいるのか中に人の動く気配はなかった。
一言いって出ようかとも思ったけれど起こしてしまうのが嫌で止めた。

夜の道を走るのも確かに久しぶりだった。
毎日通勤で目にしているはずの町が見知らぬ景色のように映る。
そういえば昔はよく遅い買物に出て母の車の助手席でこの光景を見ていたはずだと片隅で思い出したりもした。

レストランは思ったより混んでいた。
客のほとんどは家族連れだ。
園児たちと同じ年頃の兄弟がおもちゃを手に走り回ったりもしている。
知った顔がいないかと気にして、今日は別に誰と出くわしてもかまわないのかと思いなおした。

奥の方にこちらへ向かって手を振る人影を見つけた。
眼鏡の顔は飯島先生だった。
メニューを持って現れた店員に一言声をかけてからそのテーブルに近づくと、彼女の前には灰皿が置かれて火のついた煙草が細い煙をくゆらせていた。

「貴女もう御飯は食べたの?」

とりあえず向かいに座ったものの何を話せばいいのかわからずにいたはるかに相手がまずそう訊いてきた。
はい、と頷いて答えると、じゃあ申し訳ないけど、あたし食べさせてもらっていいかな、と断わった彼女が、そのまま通りがかった店員を呼び止めてドリアとサラダのセットを注文した。
はるかも一緒にアイスのレモンティーを頼み、そこで自分がまだ食事もしていない相手を患わせてしまったのだと気がついて恐縮した。

ウェイトレスが去ってしまうとどこか気まずい沈黙が降りてきた。
黙ってしまうと店内は結構騒がしかった。
天井のスピーカーから流れているイージーリスニングぽい音楽が時々掻き消されてしまうほどだった。

「ごめんね、もうちょっとちゃんと話ができそうなとこがよかったね」

飯島先生が煙草を口元に運びながらいった。
はるかは慌てて首を横に振った。
すると目の前の相手が朝と同じような顔で笑った。

「まったくなんて顔してるの。いったいどうしたのよ?」

鼻から静かに煙を吐きながら彼女がいった。
瞳がとても優しく見えた。
いきなり電話をかけ、あまつさえその電話口で泣き出してしまったのは自分の方だった。
黙ったままでいる訳にはいかなかった。

「どうして―」

意を決して口を開いた。
でもその先を続けるにはさらに一層の勇気が要った。

「どうして、父兄ってわかっちゃったんですか」


[第百十六話(はるか篇-5)]

[PR]
by takuyaasakura | 2008-06-03 11:53 | 第百十七話(はるか篇-5) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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