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カテゴリ:第百二十五話(はるか篇-5)( 1 )

第百二十五話(はるか篇-5)

「確かに今みたいな場面はすごくよく頭に浮かぶ気もするけど、でもそういうのは、愛してるって言葉に当てはまるほど強い気持ちじゃないんじゃないかな」

声を発したのはまことだった。
普段より少しだけ口調がきつかった。
戸惑ってはるかはそっと隣の相手を盗み見た。
まことの目はまっすぐに正面の母に向いていた。
目つきもなんだかいつもより険しいようだった。

「あらそう? そんなことないと思うけど」

視線を受け止めた母は笑みを崩さなかった。
むしろ頑なにその表情をとどめようとしているような印象さえあった。

「だってそんなの、なんだか単に挨拶してるだけみたいじゃない」

応じるまことはなお不服げだった。
視線も微動だにしていない。

「でも二人の関係が特別であれば、そこにはいろんなものが伝わるんじゃないかしら」

あくまで穏やかさを装う母についに根負けしたのか、まことの方が目を伏せて何故かそこで唇を噛んだ。
すると母も首を傾げながら相手の隙をつくように一瞬だけ同じことをしていた。
そんなそれぞれの小さな仕草をはるかだけが見逃さずにいたのだと思う。

「確かにね―」

続けていいかけた母はけれどそこで口を噤んでしまった。
食卓には気まずい沈黙だけがぽつりと取り残されていた。

誰もがほとんど食べ終わっていたから、そこには湯気の名残さえ見当らなかった。
正直その時のはるかには、二人の論点がいったいどこにあるのかすらよくわかってはいなかった。
急に険悪になった気配に自分はただとまどっていた。

今になればおそらくまことはすでに自分のうちに渦巻いて止まなかったやり場のない想いに苦しんでいたのだろうとも想像できるし、一方の母は母で、そこに見つけた何か自分を支えているよすがのようなものを、何からかはともかくとして、それでも懸命に守ろうとしていたのではないかと理解できる。
何より当時のまことはどんどんと彼女の実の母親に似てきていた。
目鼻立ちのくっきりとしたどこか派手な顔立ちが、はたして母にどんなふうに見えていたのかと考えれば不意に痛みのようなものが胸を射すような気がすることもある。
だがはるかがそんな気持ちを知ったのはもちろんもっとずっと後になってからのことだった。

黙ってしまった二人を前に、その夜のはるかはただ懸命に言葉を探していた。
自分なら何か二人の空気を和らげるようなことがいえるのではないかと思った。
いえるはずだと信じていた。
信じたかった。
けれど結局間に合わなかった。
次に口を開いたのもやはり母だった。

「あなたがどうであれ、私はそういう愛を信じているの」

さっき口にしかけたはずの台詞の続きはどこかへ消えてしまっていた。
その一言でさえ目の前のまことに向けられたものかどうかも定かではなかった。

「ごちそうさま」

再び舞い降りかけた沈黙をいやがるようにまことがそういって勢いよく席を立った。
まるで怒っているみたいな様子だった。
まことはそのまま自分の分の食器を重ねると、はるかたちに背を向けて台所へと歩き出した。

「まこと」

すかさず母が呼びとめた。
けれどまことは足を止めこそしたけれど、すぐには振り向くことをしようとはしなかった。

「みんなもうほとんど終わってるからすぐに食器も洗っちゃいましょう。
今日はあなたが手伝って」

ようやく振り向いたまことに、いいわね、と母が笑いながら重ねた。
かすかに唇を尖らせながらまことが頷いて返事した。
あたしも手伝おうか、とおそるおそる尋ねたけれど、母は、二人いれば大丈夫よと首を横に振って答えた。
それ以上言い張るのも不自然に思えて、結局はるかは残っていた自分のご飯を大急ぎでつめ込んでから、まことの後を追いかけて自分の食器を流しに運んだ。

所在なく居間のソファでテレビを眺めた。
でも画面に集中することはまるでできなかった。
意識は肩のずっと後ろで響く洗いものの作業の気配に吸い寄せられたままだった。

水道の音と陶器のぶつかり合う軽い響きが続いていた。
二人はだがその間ずっと、そっちのお鍋とって、とか、これはどこにしまうんだっけ、といった程度の短い言葉しか互いに口にしてはいなかった。

やがて水音が止まってしまうとすぐ、まことが部屋に帰ろうと呼びにきた。
頷きはしたが何となく母が気になってはるかはソファを立てずにいた。
するとまことが不意に自分の手を取った。
そんなのは滅多にないことだった。
洗いものの水気が残っていたのか、彼女の手のひらはほんの少しだけ湿っぽかった。


[第百二十四話(はるか篇-5)] [第百二十六話(はるか篇-5)]

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by takuyaasakura | 2008-06-13 13:16 | 第百二十五話(はるか篇-5) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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