Thanks! 10th ANNIVERSARY  特別企画
カテゴリ:第百三十六話(まこと篇-5)( 1 )

第百三十六話(まこと篇-5)

では一方の心の性とはいったいどのようにして決定されるものなのだろう。

性差に由来する事柄のうち、主に社会的な側面を表すものとしてジェンダーという言葉がある。
肉体的な性を意味するセックスあるいはセクシュアリティーなどとは区別して使用されることが多い。
もともとは文法的な性を意味していたこの語が社会学的に援用されるようになったもので、現在では心の性別についてはこの言葉によって語られることが通例となっている。

もちろんGIDの最初のGもこの単語の頭文字である。
ただし、この語には本義的に見れば生物学的な意味が決して皆無な訳ではない。
時に社会的な性的役割だけを抽出してこの言葉で呼ぶこともあるけれど、やや誤謬があるように思える。
あるいは必ずしも肉体的な理由に拠らないけれど、性差には確実に関係している事柄とでも定義しなおすのがよいのかもしれない。

さて、このジェンダーの決定については当初は環境や教育が果たす役割が極めて大きいとされてきた。
男の子は男らしく、女の子は女らしく遊びなさいという類のことを、幼い頃にいわれた経験はほとんど誰にでもあるだろう。
なるほど周囲からそのように扱われることによって性の自認というものが形成されていくと考える方が、確かにわかりやすい感じはある。

身体の方が揺るぎなく先天的なものである以上、せめて心は後天的であってほしいという科学者たちの願望も、あるいはそこには紛れ込んでいたのかもしれない。
でなければGIDという現象には、いわば逃げ道がないことになってしまうからだ。

ところがこの仮説はいとも簡単に覆ってしまう。
初期のGID治療ではジェンダーの方をどうにか矯正しようという試みが繰り返しなされてきた。
外科的な治療は不可逆的であり、手術の結果として当人の生殖能力を永久に失わせてしまうからだ。
実際たとえばMTFの患者に対し、女性の服装を身につけると軽い電気ショックを与えるような方法が実施されていたこともあるらしい。
だがどんな試みも結局は失敗に終わった。
性自認を人為的に覆すことはできなかったのだ。

そして決定的な例が報告される。
これは一九六八年に生まれたカナダのある少年のケースだった。
少年は双子の男児のうちの一人としてこの世に性を受けて生まれた。
ところが生後八ヶ月の段階で医療事故のため外性器をほぼ失ってしまうという不幸に見舞われた。
当時の性科学の権威であった学者の勧めにより、彼には外科的な手術によって女性器の形が形成され女子として育てられることとなった。
決断に至るまでの両親の苦悩には慮ってあまりあるものがある。

いうまでもないが双子はほとんど同じ遺伝子構造を持っている。
同性であればなおさらだった。
もし彼女となったこの少年が女性としての人生を以後問題なくおくることができたならジェンダーが環境により決定されるという説のこれ以上はない実例となるはずだ。
手術を勧めた科学者の胸にそんな思いがあっただろうことはおそらく否定できない。
実際初期の段階では、ほかならぬこの学者自身に手によって彼女は問題なく女児としての生活を過ごしていると報告されてさえいたのだ。

ところが事実はそうではなかった。
彼女はものごころつくかつかないかのうちから自分の身体への違和感を抱え葛藤し続けた。
見かねた両親がついに彼女に真実を打ち明け、結局十四の年に彼女は再度の性転換手術を受け男性に戻り、以後三十八歳で自殺するまで男としての人生を歩んだのだという。
自殺の直接的な原因がなんであったかまではきちんとわかってこそいないけれど、彼がおくらなければならなかった数奇というにはあまりに過酷な経験とまったく無関係だということには決してならないのではないかと思う。

この事件を受けジェンダー環境決定説はほぼ全面的に否定されてしまう。
一番の旁証であるとされていた事実が一転しこれ以上はない反証となってしまった訳だから、当然の帰結といえばそうだった。

また同時期に脳の形態における性差が徐々に確認されてきたことも、この説を退けるのに大きな影響を果たしていた。
実際男と女では、脳梁と呼ばれる脳の部位の太さに明らかな違いがあることが確認されている。
また、視床下部と呼ばれる脳の内側の箇所があり、この一部が性衝動に深い関連があるとされているのだけれど、この箇所にも男女で大小に差異があるのではないかということも推察されている。

このような経緯から、現在ではジェンダーの決定には脳が深く関っているとの見方が有力である。
だが、ではGIDの症例のすべてが肉体とは逆の性別の特徴を有する脳の形状を有しているのかとなると、この点はまだ確認されてはいない。
むしろ全体を覆う単純な因果関係を求めるのではなく、既得的後天的を問わない様々な要因が複雑に絡み合って個々の性自認を決定すると考えるべきだとの主張に趨勢は傾いているようである。

もちろんこういった内容のすべてをまこと自身が当時からきちんと理解していた訳ではまるでなかった。
思い起こせばむしろ親しみのない言葉の圧倒的な洪水に晒されて、自分はただ縮こまってばかりいたようでもある。
多少なりとも全体像のようなものがつかめた気がし始めたのはようやく最近になってからのことだ。
ただその頃から本を読む習慣がついていたのが多少なりとも助けとなってくれたことには疑う余地はなかった。


[第百三十五話(まこと篇-5)] [第百三十七話(まこと篇-5)]

[PR]
by takuyaasakura | 2008-06-30 12:17 | 第百三十六話(まこと篇-5) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
カテゴリ
ごあいさつ
トレーラー
第一話(イントロダクション)
第二話(イントロダクション)
第三話(イントロダクション)
第四話(イントロダクション)
第五話(はるか篇-1)
第六話(はるか篇-1)
第七話(はるか篇-1)
第八話(はるか篇-1)
第九話(はるか篇-1)
第十話(はるか篇-1)
第十一話(はるか篇-1)
第十二話(はるか篇-1)
第十三話(はるか篇-1)
第十四話(はるか篇-1)
第十五話(はるか篇-1)
第十六話(はるか篇-1)
第十七話(はるか篇-1)
第十八話(はるか篇-1)
第十九話(はるか篇-1)
第二十話(はるか篇-1)
第二十一話(まこと篇-1)
第二十二話(まこと篇-1)
浅倉卓弥より年末のご挨拶
浅倉卓弥より年始のご挨拶
第二十三話(まこと篇-1)
第二十四話(まこと篇-1)
第二十五話(まこと篇-1)
第二十六話(まこと篇-1)
第二十七話(まこと篇-1)
第二十八話(まこと篇-1)
第二十九話(まこと篇-1)
第三十話(まこと篇-1)
第三十一話(まこと篇-1)
第三十二話(はるか篇-2)
第三十三話(はるか篇-2)
第三十四話(はるか篇-2)
第三十五話(はるか篇-2)
第三十六話(はるか篇-2)
第三十七話(はるか篇-2)
第三十八話(はるか篇-2)
第三十九話(はるか篇-2)
第四十話(はるか篇-2)
第四十一話(はるか篇-2)
第四十二話(まこと篇-2)
第四十三話(まこと篇-2)
第四十四話(まこと篇-2)
第四十五話(まこと篇-2)
第四十六話(まこと篇-2)
第四十七話(まこと篇-2)
第四十八話(まこと篇-2)
第四十九話(まこと篇-2)
第五十話(まこと篇-2)
第五十一話(まこと篇-2)
第五十二話(まこと篇-2)
第五十三話(まこと篇-2)
第五十四話(まこと篇-2)
第五十五話(まこと篇-2)
第五十六話(まこと篇-2)
第五十七話(まこと篇-2)
第五十八話(はるか篇-3)
第五十九話(はるか篇-3)
第六十話(はるか篇-3)
第六十一話(はるか篇-3)
第六十二話(はるか篇-3)
第六十三話(はるか篇-3)
第六十四話(はるか篇-3)
前半のあらすじ
浅倉卓弥インタビュー[1]
浅倉卓弥インタビュー[2]
浅倉卓弥インタビュー[3]
第六十五話(はるか篇-3)
第六十六話(まこと篇-3)
第六十七話(まこと篇-3)
第六十八話(まこと篇-3)
第六十九話(まこと篇-3)
第七十話(まこと篇-3)
第七十一話(まこと篇-3)
第七十二話(まこと篇-3)
第七十三話(まこと篇-3)
第七十四話(まこと篇-3)
第七十五話(まこと篇-3)
第七十六話(まこと篇-3)
第七十七話(まこと篇-3)
第七十八話(まこと篇-3)
第七十九話(まこと篇-3)
第八十話(まこと篇-3)
第八十一話(まこと篇-3)
第八十二話(まこと篇-3)
第八十三話(まこと篇-3)
第八十四話(まこと篇-3)
第八十五話(まこと篇-3)
第八十六話(まこと篇-3)
第八十七話(はるか篇-4)
第八十八話(はるか篇-4)
第八十九話(はるか篇-4)
第九十話(はるか篇-4)
第九十一話(はるか篇-4)
第九十二話(はるか篇-4)
第九十三話(はるか篇-4)
第九十四話(はるか篇-4)
第九十五話(はるか篇-4)
第九十六話(まこと篇-4)
第九十七話(まこと篇-4)
第九十八話(まこと篇-4)
第九十九話(まこと篇-4)
第百話(まこと篇-4)
第百一話(まこと篇-4)
第百二話(まこと篇-4)
第百三話(まこと篇-4)
第百四話(まこと篇-4)
第百五話(まこと篇-4)
第百六話(まこと篇-4)
第百七話(まこと篇-4)
第百八話(まこと篇-4)
第百九話(まこと篇-4)
第百十話(まこと篇-4)
第百十一話(まこと篇-4)
第百十二話(まこと篇-4)
第百十三話(はるか篇-5)
第百十四話(はるか篇-5)
第百十五話(はるか篇-5)
第百十六話(はるか篇-5)
第百十七話(はるか篇-5)
第百十八話(はるか篇-5)
第百十九話(はるか篇-5)
第百二十話(はるか篇-5)
第百二十一話(はるか篇-5)
第百二十二話(はるか篇-5)
第百二十三話(はるか篇-5)
第百二十四話(はるか篇-5)
第百二十五話(はるか篇-5)
第百二十六話(はるか篇-5)
第百二十七話(はるか篇-5)
第百二十八話(まこと篇-5)
第百二十九話(まこと篇-5)
第百三十話(まこと篇-5)
第百三十一話(まこと篇-5)
第百三十二話(まこと篇-5)
第百三十三話(まこと篇-5)
第百三十四話(まこと篇-5)
第百三十五話(まこと篇-5)
第百三十六話(まこと篇-5)
第百三十七話(まこと篇-5)
第百三十八話(まこと篇-5)
第百三十九話(まこと篇-5)
第百四十話(まこと篇-5)
第百四十一話(まこと篇-5)
第百四十二話(まこと篇-5)
第百四十三話(まこと篇-5)
第百四十四話(まこと篇-5)
第百四十五話(まこと篇-5)
第百四十六話(まこと篇-5)
第百四十七話(まこと篇-5)
第百四十八話(まこと篇-5)
第百四十九話(はるか篇-6)
第百五十話(はるか篇-6)
浅倉卓弥より第百五十話に寄せて
第百五十一話(はるか篇-6)
第百五十二話(はるか篇-6)
第百五十三話(はるか篇-6)
第百五十四話(はるか篇-6)
第百五十五話(はるか篇-6)
第百五十六話(はるか篇-6)
第百五十七話(はるか篇-6)
第百五十八話(はるか篇-6)
第百五十九話(はるか篇-6)
第百六十話(はるか篇-6)
第百六十一話(はるか篇-6)
第百六十二話(はるか篇-6)
第百六十三話(はるか篇-6)
第百六十四話(はるか篇-6)
第百六十五話(はるか篇-6)
第百六十六話(まこと篇-6)
第百六十七話(まこと篇-6)
第百六十八話(まこと篇-6)
第百六十九話(まこと篇-6)
第百七十話(まこと篇-6)
第百七十一話(まこと篇-6)
第百七十二話(まこと篇-6)
第百七十三話(まこと篇-6)
第百七十四話(まこと篇-6)
第百七十五話(まこと篇-6)
第百七十六話(まこと篇-6)
第百七十七話(まこと篇-6)
第百七十八話(まこと篇-6)
第百七十九話(まこと篇-6)
第百八十話(まこと篇-6)
第百八十一話(まこと篇-6)
第百八十二話(まこと篇-6)
第百八十三話(まこと篇-6)
第百八十四話(まこと篇-6)
第百八十五話(まこと篇-6)
第百八十六話(まこと篇-6)
第百八十七話(はるか篇-7)
第百八十八話(はるか篇-7)
第百八十九話(はるか篇-7)
第百九十話(はるか篇-7)
第百九十一話(はるか篇-7)
第百九十二話(はるか篇-7)
第百九十三話(はるか篇-7)
第百九十四話(はるか篇-7)
第百九十五話(はるか篇-7)
第百九十六話(はるか篇-7)
第百九十七話(まこと篇-7)
第百九十八話(まこと篇-7)
第百九十九話(まこと篇-7)
第二百話(まこと篇-7)
第二百一話(まこと篇-7)
第二百二話(まこと篇-7)
第二百三話(まこと篇-7)
第二百四話(まこと篇-7)
第二百五話(まこと篇-7)
第二百六話(はるか篇-8)
第二百七話(はるか篇-8)
第二百八話(はるか篇-8)
第二百九話(はるか篇-8)
第二百十話(はるか篇-8)
第二百十一話(はるか篇-8)
第二百十二話(はるか篇-8)
第二百十三話(はるか篇-8)
第二百十四話(はるか篇-8)
第二百十五話(はるか篇-8)
第二百十六話(はるか篇-8)
第二百十七話(まこと篇-8)
第二百十八話(まこと篇-8)
第二百十九話(まこと篇-8)
第二百二十話(まこと篇-8)
第二百二十一話(まこと篇-8)
第二百二十二話(まこと篇-8)
第二百二十三話(まこと篇-8)
第二百二十四話(まこと篇-8)
第二百二十五話(まこと篇-8)
第二百二十六話(まこと篇-8)
第二百二十七話(まこと篇-8)
第二百二十八話(まこと篇-8)
第二百二十九話(まこと篇-8)
第二百三十話(終章)
第二百三十一話(終章)
第二百三十二話(終章)
第二百三十三話(終章)
第二百三十四話(終章)
第二百三十五話(終章)
第二百三十六話(終章)
第二百三十七話(終章)
第二百三十八話(終章)
[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

コメント、およびトラックバックは、エキサイト株式会社にて、当ブログへのコメント、およびトラックバックとしてふさわしいか、誹謗中傷や公序良俗に反する内容が含まれていないかどうかを確認、内容により予告なく削除致します。予めご了承ください。
最新のコメント
気軽にセックスしたい人
by セックスフレンド募集コミュ at 13:21
登録するだけ!あとはメー..
by 逆ナン at 14:27
誰だよ。今ネットでも話題..
by あやの at 17:00
リア友に知られると不味い..
by リア友 at 19:38
はじめまして、これからお..
by KiRaRa 悪質 at 17:39
こんな時だからこそ、生..
by 備えあれば憂いナシ!! at 07:28
マグロだけですよ?!ベ..
by なっ、なんぞーっ?! at 06:49
自分はワンピースが一番好..
by ワンピース at 15:07
俺みたいなオッサン相手..
by 40歳のオッサンだったけど at 22:57
どぷゅんどぷゅん中に注..
by 満タンいきますです at 15:38
3発でまだ足りないって..
by んなアホな!? at 11:09
俺、初めてフェラティー..
by すごく気持ちよかった! at 14:14
今までデリ嬢に金払って..
by お゛お゛お゛お゛お゛ at 15:38
家出少女が集う家出掲示板..
by 家出掲示板 at 12:12
うにゃぁぁぁ!!8万で..
by もうキムタマからっぽw at 08:12
モバゲーもいいけどモバゲ..
by モバゲー at 14:15
只今身体の相性合う人探し..
by セフレ at 11:02
あんなに激しい騎 乗 ..
by まだ先っぽジンジンしてるw at 11:47
セレヴと契約して、美味..
by 生活レベルアップ!!!! at 02:51
ぷにぷにのパ イ パ ..
by ピューピュー吹いてましたwww at 07:29
ライフログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧