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カテゴリ:第百四十一話(まこと篇-5)( 1 )

第百四十一話(まこと篇-5)

やがて季節は音もなく入れ替わり、三年生を迎えて二人はしばらくぶりに同じクラスになった。
その頃にはもう母の噂も一段落し、まことにも時折話しかけてくる程度の相手が何人かはできていた。
はるかの方も同様で、それまでの二年間ずっと一緒だった友人も少なくなくいるようだった。

校内にいる間はあまり親しい素振りを表に出さない習慣を変えることは、互いに特にしようとはしなかった。
特に示し合わせた訳でもなかったのだけれど、今更だったし自然なきっかけを見つけることも難しそうに思えたからだ。
はるかの方にもどうやらそのつもりはないようだった。

だが他のクラスメイトらに混ざりアイドルやでなければ同じクラスの男子たちの話題を楽しそうに話しているはるかの声を背中で聞いていることには思いのほか辛いものがあった。
昼休みなど、書店のカバーをかけた文庫本を広げたり、あるいは窓の外を眺める振りをしたりしながらも、全身の神経がそちらに向いてしかたがなかった。
笑い声が聞こえたりすればたちまちその理由が知りたくてどうしようもなくなった。

あの頃は毎日放課後を、それも部活も終わって後はもう帰るだけという時間ばかりを心待ちにして過ごしていたようにも思う。
哲平が何かしら理由を作って時たま片岡の家を訪れるようになったのもたぶんこの時期からだった。

最初の時は確か、母親から預かった何かを届けにきたのだったと思う。
彼は一足先に高校に進んでいたから前年は通う校舎も違っていたし、公園で遊ぶようなこともついぞなくなっていたから、まじまじと相手の姿を眺めるのも実に久しぶりだった。

実際哲平は見違えていた。
背もすっかり伸びて声も一段低くなり、なんだか見知らぬ相手のようだった。
出迎えたはるかに案内されて居間に通ってきた彼を目にした時、ほんの一瞬だけ心のどこかが警戒したことを何故だかよく覚えている。

だが口を開けば相手は昔と変わらなかった。
すぐに帰ろうとする哲平をはるかがせがんで引き止めて、はるかの母が人数分の紅茶を淹れ、そのまましばらく他愛ないおしゃべりに興じた。
最初こそ口数の少なかった哲平も次第に女たちに混ざってぽつぽつと口を開くようになっていった。

彼の話題はもっぱら野球と、それからバイクのことだった。
正直まことにはどちらもあまり興味の持てない内容だったのだけれど、はるかたち母娘は面白そうに聞いていた。
一回試合見にくればいいよと誘われた時のはるかの顔はとりわけ嬉しそうだった。

自分ではやや控えめにいってこそいたけれど、哲平の野球での実力はもうかなりのものになっていたらしい。
ポジションは投手で、一年のうちから何度か先発を任されるようなこともあったそうだった。

高野連というところは様々な面で結構厳しいらしく、哲平は十六の誕生日を待ちきれずにすぐさまバイクの免許を取っていたのだけれど、何かあってはいけないと思うと気になって結局好きなようには乗れていないのだといったことも口にしていた。
店の出前を買って出ようとしてもむしろ両親の方が止めるのだという。
それだけで周囲の期待のほどがうかがえた。

そんなにすごいんだ、と感心したまことに答えたのはだが本人ではなくはるかだった。
もし本当に甲子園なんてことになったら、この町からは初めてなんだからね、と頬を膨らませさえもして見せる。
まことは相手をなだめつつ、そういえばそんなことをちらりと聞いた記憶もあったかもしれないなと片隅で思い出していた。

まあ、もうさすがにお前相手に本気で投げるわけにもいかないけどな。
照れを繕った哲平がまことに向きそんな軽口をたたいた。
一瞬どう反応していいのかわからず戸惑って、割とそうでもないかもよ、とまぜ返してみた。
すると相手はまず不服そうに眉を曲げ、それからすぐ自分に笑みを作ってみせた。
でもその顔はどこか寂しげだった。

そんな自分たちのやりとりを傍らのはるかが黙って見ていた。
こちらの顔にも不思議な表情が浮いていた。
やはり笑顔なのだけれどそれがどこかぎこちなかった。
どうかした? と訊くのも憚られてまことはそのまま黙ってしまった。
二人の考えていることがどちらも上手くつかめなくて居心地が悪かった。
その時はたぶん、はるかの母が何か違う話題を繋いでくれたのだったと記憶している。

後になってみれば、あの時自分たちは三人三様に、それぞれが子供だった時代がもうすっかり遠くになってしまったことを惜しんでいたのかもしれないとも思う。
でも二人がその場で感じていたものはたぶんそれだけではなかったのだろう。
そしてそれ以来、なんだか時折こちらを盗み見ているような哲平の視線が気にかかるようにもなった。


[第百四十話(まこと篇-5)] [第百四十二話(まこと篇-5)]

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by takuyaasakura | 2008-07-07 15:30 | 第百四十一話(まこと篇-5) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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