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カテゴリ:第百七十八話(まこと篇-6)( 1 )

第百七十八話(まこと篇-6)

その視線を受け止めていることは難しかった。
まことは逃げるように目を逸らした。
はるかの考えるのはせいぜいキス程度だったかという安心感はほとんどなかったし、その先を想像していた自分を恥ずかしく思う気持ちもさほど起きなかった。
脳裏にはほかにうごめくものが多過ぎた。
哲平の告白のこと、それから思い出したくもない記憶。
そしていつまで経っても繰り返し甦ることをやめてくれないみだらな映像。
目の前にはそんなものたちとは裏腹な邪気のない顔がかすかに頬を染めていた。
自分の一番大切なものだった。
なのにどうしてこの相手とよりによってこんな話をしていなくてはならないのだろう。
間違っていると思った。
はるかが何か勘違いしているんだと思った。
でもどこがどう違うのかが皆目わからなかった。

「でもあたしたちまだ十六じゃん。
そんなに焦ることないんじゃないの?」

どうにかそれだけ搾り出した。
けれど耳に返った自分の言葉はやはり間抜けなものにしか聞こえなかった。
はるかが不服げに眉を寄せた。

「いわれなくても自分でもわかってるわよ。
確かにあたしは少し焦ってる。
でもね、もうすぐ哲平ちゃんとは今みたいに簡単には会えなくなっちゃうんだよ。
そりゃあ、あたしと哲平ちゃんとが、幾ら幼馴染だっていってもそれ以上では全然ないし、ましてや人並みにいう付き合っているとかそういう関係じゃ全然ないよ。
だけど、だからといってそういうことしちゃいけない訳でもないでしょう。
まことは知らないでしょうけど、京香たちとかもうとっくなんだもの」

はるかが名前を出したのは学校で彼女がよく一緒にいる同級生の一人だった。
確かにまことはその彼女のことは顔程度しか知らなかったし、興味もなかった。

「あんたはあの娘たちと違うでしょう」

それに今あんたが哲平に抱いている気持ちだってきっとそういうのとは違うんだ。
ましてやあんたのいうクラスメートたちがやってることなんて。
そう考えた時だった。
ようやくまことは、自分が夕食の席でのはるかの母の言葉の何に苛立ったのかに思い至った。
もし彼女のいう通り、愛しているということがそれほど穏やかな形で存在しうるものなのだと、そう認めてしまえば自分がはるかに抱いているものが打ち消されてしまいかねない。
あの時自分をかき乱していたのはおそらくそんな不安だったのに違いなかった。

「何が違うの? 
まことなんて京香のこと、ほとんど知りもしないじゃない」

反駁したはるかの声は、怒っているというほどではないが、どことなく苛立たしげだった。
頬がかすかに膨らんでいた。

「大体なんでそんなに急に不機嫌になるのよ。
ただちょっと協力してほしいっていってるだけじゃない。
それに、そもそもが所詮は全部仮定の話でしかないんだから、笑って、わかったわかったっていってくれればそれでよかったのに。
もうそんなに試合も見に行く機会もないだろうしさ、哲平ちゃんだってきっと忙しくなっちゃってあんまり家にきたりもしなくなるかもしれないし」

まことが答えずにいると、はるかが横を向きながら続けた。

「いいじゃない、その程度の夢くらいみてドキドキしたって」

貴女はあたしの気持ちを知らないから―。
だからそんなに残酷になれるんだよ。
決して声に出すことのできない言葉が頭の中で渦を巻いた。

叶うならはるかに伝えたかった。
あたしが貴女を思う気持ちは今貴女の周りに見つかるどんな想いとも違うのだと。
顔と名前しか知らないその女がどこの誰ともわからない相手に向けているものとも、あるいは貴女の御両親の間にあるものとも、それどころか貴女自身が哲平に対して抱いているものと比べても、それよりもきっともっともっとー。

けれどそこでその先に続けるべき言葉を見失った。
もっとどうだというのだろう? 
そもそもあたしは一体全体、自分の何を誰のどこにあるどの部分と比べようとしていたのだろう。
見えないものをつかもうとする言葉だけをとらえて、いや言葉にすらされていないものまで並べてみて、それを何でどうやって測ろうとしているのだろう。
その背後にあるものが驕りに似たものなのだと、その時初めて気がついた。
でも、それでもやはり、はるかが哲平に抱いているものと自分のはるかへのそれとは一緒にはできない気がした。
自分自身にとっての意味だけでは決してなく、もっと根本的なところからその二つは異なっているのだと思った。
それだけは疑いなく信じられた。

でもそれをはるかに伝えられる言葉など自分にはないことだけは最早明らかだった。
叶うなら今この胸の中にあるすべてを、たとえば心臓を切り開くなりして何とかして取り出して、それをそのままはるかに手渡してしまいたかった。
だがそんなことはできるはずもなかった。
諦めに似た気持ちでまことはゆっくりと首を左右に振った。


[第百七十七話(まこと篇-6)] [第百七十九話(まこと篇-6)]

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by takuyaasakura | 2008-08-28 10:59 | 第百七十八話(まこと篇-6) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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