Thanks! 10th ANNIVERSARY  特別企画
カテゴリ:第百八十二話(まこと篇-6)( 1 )

第百八十二話(まこと篇-6)

最初はまるで意味がわからなかった。
まことはそのままはるかの姿を見下ろした。
ほんの一瞬だけ自分の眼差しを受け止めたはるかは、けれどすぐかすかに顔を背けて、ひどい顔してると思うから、そんなにまじまじと見ないでよ、と呟いた。
その表情はずっと昔、あの公園の砂場の砂の上で自分に組み敷かれた時のものとよく似ていた。
そこでようやく、はるかの反応の理由に思い至った。
はるかは今の自分の言葉をそういう意味に取ったのだ。
そのうえで彼女は、おかしく思うどころか嬉しいといって受け止めてくれた。

その途端だった。
それまで懸命に内側で押し留めていたものが弾けて体の隅々へと飛び散った。
膝や手のひらや肩の付け根に得体の知れない熱を感じた。
火照りとも違う真っ赤な色をしたその何かはたちまち頭の中をも染め変えて、ものを考えることさえすぐに上手くできなくなった。
ただ自分の望みが叶うのだと信じていた。
まるで今この瞬間が、あの砂場の場面の続きのようにも思われていた。

まことは身を乗り出して、はるかの肩の左右に両手をついた格好になり、真上から相手を見下ろした。
ほんの少し前同じような姿勢で目にしていた裸の胸が今もそのままそこにあるようにも錯覚していた。
まこと? とはるかが怪訝な声を出した。
かまわずまことはそのまま体を落とすようにして相手の唇に自分のそれを重ねた。

呻くような音が断続的にはるかの鼻からもれた。
幾度か押すように肩を叩かれた。
右腕を伸ばして彼女の手首をつかみ布団の上に抑えつけた。
その間も唇を離すことはしなかった。
はるかはなお懸命に腕に力を込め、もがくように肩を左右に動かして自分の下から逃れようと足掻いた。
その抵抗を制することにさえ冥い喜びを感じていた。

ほどなくはるかが動かなくなった。
思い切って口の中に舌をもぐりこませると、こちらもされるがままになる。
甘い匂いが鼻の奥を突き抜けてそのまま脳髄に届くようだった。
気がつくと右手がまるでそれ自身の意思で行動しているかのようにはるかの手首を離して胸元へと場所を移し、服の上からその柔らかな隆起をつかんでいた。

だがその途端だった。
弾かれたように再びはるかが暴れだした。
激しく首を振られて思わず唇が離れ、左右の肩口を強く押されて鈍い痛みを感じた。
それでもまだ、体調のせいか十分には力が入らないらしく、はるかの抵抗はまことの体を押しのけてしまうまでには至らなかった。

いつしかまことの右膝がはるかの膝を割っていた。
なおも身をよじり続けるはるかにかぶさって体重をかけ押さえつけた。
そこに触れてしまえばたちまち体の力が抜けてしまうことは知っていた。
いや、そんなことを思うより先に手が勝手に動いていた。
自分の膝の上に位置した一番奥の場所に指が届くと、瞬時はるかの体が硬直した。
その隙を逃さずまことは再び唇を重ねた。
はるかが一瞬激しく腰を引くのがわかった。
かまわずまことはただようやく取り戻した湿った感触をむさぼった。
気がつくとはるかの抵抗は止んでいた。
それでも左手は相手の手首を押さえつけたまま、今度は右手を胸元に運びなおし、さっき自分で留めたボタンを上から順に外していった。
そのまま肌着もたくしあげると、薄暗がりにはるかの二つの胸が顕になった。

けれどそこで我に返った。
その途端、ついさっきまで何が自分を突き動かしていたのかもすっかりわからなくなってしまった。
はるかのふくらみの先端に口をつけようとした瞬間だった。
不意に目の前の相手が別の人間にすり替わった。
そこにいるのは確かにはるかであるはずなのに、脳裏に浮かんだ顔は彼女のものとは違っていた。

―そこにいたのは母だった。

呆然とした。
今の自分の行動のすべてがまるで映画でもみているみたいに甦り、いったい自分は何をしてしまったんだろうと思った。
体を起こしはるかの姿を見下ろした。
はるかは顔を背けて必死に唇を噛んでいた。
目もやはりきつく閉じられて、その端には小さなしずくが浮いていた。
まことは右手を彼女の頬へと運びその涙をすくいとった。

「ごめんなさい。泣かないで、お願い」

だがはるかは目を開けようとはしなかった。

「どうしてこんなことしちゃったのかわからない。
でも本当なの。
本当にずっと前から、貴女のことを愛しているの。
だから、だから―」

だからどうしたかったのだろう。
いいながらそう自問した。
胸の中に棲みついて去ることのない母と幼い頃のまこと自身とが声をあげて今の自分を嘲笑っているような気がしていた。


[第百八十一話(まこと篇-6)] [第百八十三話(まこと篇-6)]

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by takuyaasakura | 2008-09-03 11:45 | 第百八十二話(まこと篇-6) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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