Thanks! 10th ANNIVERSARY  特別企画
カテゴリ:第百八十四話(まこと篇-6)( 1 )

第百八十四話(まこと篇-6)

散らばったままだったはるかの衣服をかき集めて胸に抱えた。
迷った末灯りも消してしまうことにした。
電灯から下がった紐を引くとたちまち部屋が真っ暗になった。
目が慣れるのを待って確かめると、はるかは同じ姿勢のままだった。

ドアのところで振り返り、おやすみなさい、と口にしてみた。
だが返事は返ってはこなかった。
後ろ手に扉を閉めそのまましばらく戸板にもたれた。
どこかではるかがすぐ呼び戻してくれることを期待してもいた。
けれどドア一枚を隔てた向こうの気配はどれほど待ってもしんとしたままだった。
はるかの汗の匂いのするパジャマを抱きしめて、まことはしばし声を殺して泣いた。

階下に降り、一旦はつけた灯りを消して居間のソファに身を横たえた。
右の手首を額に運び、まことは真っ暗な天井を見つめた。
どうしてあんなことをしてしまったんだろう。
これからどうやって、この家ではるかと生活していけばいいのだろう。
あたしはそもそもはるかに何をしたかったのだろう―。

はるかの言葉に赦されたと思った。
受け入れてもらえたと思った。
でも振り返ってみればその瞬間から、まるで自分が自分でなくなっていたような気もした。

もちろん自分がそう考えたいという気持ちがそこにあることは否定できなかった。
だがそれを踏まえてもなお、あんなふうにはるかの体を求めたのは、いつも自分がつきあっている己自身とは微妙にぶれた存在だった。
遠い昔あの押入れの中で身をすくめて怯えていた何か。
母や男たちの汗と一緒に立ち昇って部屋に満ちた得体の知れない気配。
そしてまこと自身に覆いかぶさったあの男がまとっていた嫌な空気。
そんなものが知らぬ間に自分のうちに淀んでいたことは否めない。
けれど単純にそれだけではなかった。
自分の奥底にひそむ、制御の効かないもう一人の自分みたいなものが、幼女のまこと自身の顔をしてそこにいた。
そんなものが相俟ってあの時の自分をあんな行動へと駆り立てていた。

―だがどんなにいい繕っても、実際にそれを行ったのは自分だった。
それ以外では有り得なかった。

はるかの大切にしているものを奪い、一番奥底の場所を踏みにじろうとした。
どれほど詫びても届くはずはないと思った。
ふと気がつくと不可解なことに己を操っていたあの衝動は今すっかり姿を隠してしまっていた。
影も形もなくなって、どこかにくすぶっている気配さえなかった。
はるかと一つ部屋で寝るようになって以来、そんなことはほとんど初めてだったといってもよかった。
目を閉じても一向に眠気の訪れる気配はなかった。
今はるかはいったいどんな思いでいるのだろうと、そればかりが気になった。

それでも軽くうとうととして再び目を覚ました時には、部屋にはもう朝の明るさが忍び込んでいた。
窓に歩きカーテンを開けると世界がうっすらと白かった。
物干し竿の隙間に霧をかぶった湖面が覗いていた。
なんてきれいなんだろうと思った。
もう一度眠る気にはなれなかった。
しばらくはただぼんやりとしていたのだけれど、すぐ後悔ばかりがこみ上げてきてじっとしているのがたまらなくなった。
食卓に載っていたメモを見つけて、はるかへの手紙を書こうともしてみた。
けれど、ごめんなさい、と一言綴っただけでその先の言葉が浮かばなくなって諦めた。

何か気を紛らせてくれそうなものを探して、ふとソファの端に丸めたままだったはるかの衣服に目が止まった。
少し早いけれど洗濯でもしておこうかと思いつき、そうすることに決めた。
ほかに一緒に洗濯機に入れるものを探して、寝間着代わりの自分スウェットも洗ってしまうことにした。
なんとなくその格好のまま再びはるかの前に顔を出すことがいけないような気がしたせいだった。
着替えをとりに一旦部屋へ帰ろうかとも思ったのだが、さすがにまだその勇気は出なかった。
はるかを起こしてしまいかねないことにも気が引けていた。
脱衣所には昨日自分が来ていたジーンズとシャツとが脱ぎっぱなしになっていた。
引っ張り出してみるとポケットには財布も入ったままだった。
見つかったらまたはるかの母に怒られるところだったとかすかに胸をなでおろしながら、迷った末当座はそれを着て過ごすことにした。

洗濯機を回してしばらく経った時だった。
玄関にチャイムの音がした。
最初は当然はるかの両親が帰ってきたのだと考えた。
呼び鈴を鳴らすなんて、鍵を忘れでもしたのかなとも訝ったけれど、よくよく思い出してみると玄関を施錠をしたのは表に出た二人だったはずだし、それに告別式が終わって帰ってこられるような時間にはまだ少し早過ぎた。
怪訝に思いながら廊下に出ると再びチャイムが響きわたった。
ふとずっと昔まさにこの場所で同じような場面にぶつかったような気がして、けれどそれがどんな出来事だったかが思い出せず、まことはほんの少しだけ怯えに似た気持ちを感じた。

階段の脇を通りがてら二階をうかがってもみたけれど、はるかが起き出してくるような気配はなかった。
また具合を悪くしてはいないかと心配になり、来客を片付けたら様子を見に行こうと決めた。
いずれにせよ、表の相手はどうやら自分が応対しなければならないようだった。
チェーンを確かめてドアを開けると、そこにいたのは哲平だった。
よ、おはよう、と短くいった相手が小さく右手を上げて挨拶を寄越した。
まず思ったのは、はるかがきっと喜ぶだろうということだった。
あの娘の願った通りになったじゃん。
ちゃんと気を回して二人きりにしてあげよう。
お母さんたちが帰ってきた時の合図なんかもきちんと決めて、下で見張りをしていてあげよう。
そうしたら少しは機嫌をなおしてくれるかもしれない。
そんなことを思ううちまるで自分まではしゃいだ気持ちになっているように錯覚し、まことは急いでチェーンを外すと哲平を招じ入れた。
こちらの顔を見返してきた哲平がふと意外そうな表情を浮かべた。


[第百八十三話(まこと篇-6)] [第百八十五話(まこと篇-6)]

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by takuyaasakura | 2008-09-05 14:06 | 第百八十四話(まこと篇-6) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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