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カテゴリ:第百八十六話(まこと篇-6)( 1 )

第百八十六話(まこと篇-6)

まことは渾身の力で自分を抱え込む哲平の体を振り払った。

「何すんのよっ」

肩で息をして振り向くとすぐ前にはるかが立っていた。
かまちの分だけ彼女の視線が高かった。

「はるか違うの、聞いて、これは―」

「今いったい何をしてた」

昨夜自分の着せたパジャマにカーディガンを羽織ったはるかは、かつて見せたことのないような表情をしていた。
いや、むしろそこには表情と呼べるようなものがまるで見つけられなかった。
気圧されて次の言葉が出なかった。

「違うんだってば、はるか―」

「何してたって訊いてるよのっ」

いきなりはるかが叫んだ。
語尾がそのまま延びて、やがて鼓膜を引き裂かれるような悲鳴に変わった。

まことは思わずたじろいでいた。
そんなはるかはいまだかつてみたことがなかった。
心なしか肩が震えて見えるのは決して寒気のせいではないことも、考えるまでもなく明らかだった。

「何なのよ、あんた。
哲平まであたしからとるの?」

はるかが自分を睨めつけていた。

「ねえ、母さんの半分をあたしから取り上げただけじゃ気がすまないの? 
しかもあたしの気持ちも知ってて、よりによってこの家でこんなことする訳?」

続いたその一言が胸に刺さった。
哲平のことではなく、彼女が母親のことを口にしたその事実が鋭い刃となっていた。
本当に痛みが走った気がして、すぐには意味が理解できないほどだった。

―そんなことは考えてみたこともなかった。

この娘はずっと、そう思っていたのか。
あたしがここに来てから、ずっと―。

「それだけじゃないわ、昨夜あたしのことが一番大事だっていったその口で、あたしに、あたしの―」

呆然としたままのまことの前でそこまで続けたはるかは、けれどそこでいきなりその場にしゃがみこんだかと思うと、両手で自分の耳を塞いで甲高い声を上げ始めた。
金切り声としかいいようのない音だった。
手を伸ばそうとしてできなかった。
それどころかまるで金縛りにでもかかったみたいに指の一本さえ動かすことが難しかった。
あたしがこの娘を壊してしまった。
その言葉だけが出口の見つからない胸のうちで繰り返し響いて止まなかった。

実際にはわずかな間だったのだろうけれど、はるかの叫び声はまるでいつまでも止まないようにも思われた。
やがてそれが嗚咽に変わりだんだんと小さくなっていった頃になってようやく体の呪縛が解けた。
震える肩を抱きしめたくて腕を差し伸べた。
だがはるかはきっと顔を上げると乱暴にその手を払いのけた。

「あんたの顔なんて二度とみたくない。
あたしの前から消えて。
頼むからもうどっか行っちゃってよ」

返す言葉が見つからなかった。
ずっと前からどこかで自分がそうするべきだと感じていたようにも思われた。
そしてはるかが続けた次の一言が、その思いを決定づけた。

「人殺しの娘のくせに。
昨夜みたいなこと、平気でするくせに。
あんたやっぱり、本当はあの母親とそっくりなのよ」

もうここにいてはいけない。
最初からあたしはやっぱりこの家にいるべきじゃなかったんだ。
そう思った。

やはりあっけに取られて呆然と目の前にいた哲平の体を突き飛ばし、まことは表へと駆け出した。
こうなるってどこかでわかっていたから、あたしちゃんと靴はいてたんだろうな。
坂道を駆け下りているとそんな馬鹿馬鹿しいことが頭に浮かんだ。
笑い出したいような気持ちが起きもしたけれど、気づくと自分は声を上げずに泣いていた。

もう会えない。
もうあの家には帰れない。
ずっとわかっていた。
あたしはあの娘を壊してしまう。
いや、ひょっとするともう手遅れになってしまったのかもしれない。
学校に居場所がないのと同じだったんだ。
あたしの本当の居場所はあそこにもやっぱりなかったんだ。
でもそんなことは最初からわかっていた。
それを誤魔化して、あたしはあの人たちの好意に甘えていた。
それだけでもはるかを傷つけていたのに。
あたしはなんてことをしたんだろう。
おじさんにもおばさんにも、今更合わす顔なんてない。
このまま消えてしまいたい―。

そう思いながらも、T字路の手前までくると勝手に足が止まってしまった。
まことはそのまま家の方向へと振り向いた。
はるかが追ってきてくれるのではないかと思った。
どこかでそう願っていた。
だが休日の道路はしんとしていた。
あちこちに昨夜の雨の名残の水溜りがいびつな姿をとどめているだけだった。
首を振りまことは、コンビニの角を右へと折れた。
哲平の家や、公園や、学校とは反対側の方向だった。
その道がやがて隣の市へ向かう国道に続いていることは知っていた。

どれほど歩いた後だったろう。
景色がほとんど見慣れぬものに変わっていたから、たぶん家を飛び出してから一時間や二時間は経っていたはずだ。
湖もとっくにどこかへ消えていた。
後ろからクラクションが鳴り一台のトラックがまことの傍らに止まった。
運転手は見も知らない男だったけれど、どうかしたのかと訊かれてそのまま幾つか短い言葉を交わし、そして誘われるままに相手の車に乗り込んだ。
誰でもいいからどこか遠くへ連れていってしまって欲しかった。
でも本当は、まことがクラクションに振り向いたのは、片岡の家の車かもしれないと一瞬だけ期待してしまったせいだった。
全然違う音色だったのに。
そう思えばその時の自分が哀れでもあり同時にたまらなく滑稽でもあった。
トラックの助手席は高かった。
横を向き通り過ぎていく景色ばかりを眺めながら、この道はいったいどこに続いているんだろうと考えていた。


[第百八十五話(まこと篇-6)] [第百八十七話(はるか篇-7)]

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by takuyaasakura | 2008-09-09 13:24 | 第百八十六話(まこと篇-6) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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