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カテゴリ:第二百十七話(まこと篇-8)( 1 )

第二百十七話(まこと篇-8)

ほとんど十年ぶりに会った母にはもう往年の面影はなかった。
長かった髪は短く切り揃えられ、そこかしこに白髪が浮いて見えている。
目尻や小鼻の横には無数の皺が刻まれて、頬はすっかり張りを失っていた。

この人はいったい幾つになったんだろう。
声もかけぬうちにまずそう考えて、そんなことすらきちんと知らない自分に驚くやらあきれるやら、なんだか複雑な気持ちになった。
でもすぐに、そんなのも自分たちらしいかと思いなおした。
おそらくは母の方も、まことが今幾つになったかなどまるで興味など持ってはいないに違いなかった。

ガラス越しの対面を予想していたのだけれど、実際にはそうはならなかった。
指定された時間に刑務所に出向いたまことは、そのまま四畳半にも満たないサイズの、よくテレビドラマで見るような警察の取調べ室とそっくりな一室に通されて、そこでしばらくの間待たされた。
部屋の中央には真四角に近い長方形の机が置かれ、その三方に椅子が据えられていた。
椅子はアルミのパイプ椅子だった。
年代物らしく、くすんだ緑色をしたビニールのクロスがところどころ剥がれかけていた。

まことは入り口に一番近い席を指示されてそこに座っていた。
その位置からは、奥に通じているに違いないもう一つの扉がほぼ真正面に見えていた。
はたしてそれがいったい何と何とを、どことどことを隔てているものなのか。
ちらりとそんなことも考えはしたけれど、上手い答えは見つけられなかった。

ほどなくその扉が開いて刑務官に伴われた母が姿を現した。
その瞬間から互いに視線をぶつけこそしたけれど、母も自分も先に口を開こうとはしなかった。
自分たちのそんな様子に気づいた刑務官が訝しげな目つきで手を眼鏡に運んだ。
彼女の眼鏡は黒縁だった。

母がまことの向かいに、刑務官が最後に一つ残った真ん中の椅子に腰を下ろした。
二人きりになることが規則上できないことは事前に説明を受けていた。
だが母にとっても自分にとっても、むしろその方がいいのかもしれないと、まことはひそかに考えていた。

「なんで今更会いに来た」

だらしなく背もたれに背中を預け、足と一緒に腕も組みながら母が吐き出した。
先に相手の言葉を引き出せたことに少しだけ満足を覚えた。
でもその感情は苦かった。

「嬉しくないんだ」

まことはなお母の目をまっすぐに見返しながら応じた。
母の方も目を逸らすことなどしなかった。

「別に。
お前のことなんかもうすっかり忘れてたよ。
こっちがめずらしく寂しいとか思って手紙なんか出してやってもさ、あんた返事の一つも寄越しやしなかったじゃないか。
まったく恩知らずなやつばっかりだ。あんたも、それにあいつもさ―」

鼻から息を吐き出しながらそういった母は、だがすぐに刑務官ににらみつけられて肩をすくめた。

「母さん、ここでどんな暮らしをしてるの? ちゃんとやってるの?」

「それよりあんたさ、煙草くらい持ってきてないのかい?」

まことの投げた質問には答えずに母はそんなことを訊いてきた。
まことが、あたし吸わないから、と首を横に振ると母は、いつまで経っても気の利かない娘だねえ、とあきれたように両方の眉を持ち上げた。
それから一つ間をおいて少しだけ眉間に皺を寄せた母は、見ての通りだよ、と組んでいた手を解いて体の両脇に奇妙な形に広げて見せた。

「あたしゃここじゃあ一応毒殺魔だからね。
殺人犯ってのはいろんな意味で別格でさ、そのうえもうすっかり古株だしね、結構好きにやらせてもらってるよ。
ただ男っ気だけはきれいさっぱり抜けちまったけどね。
もっとも、こんな年になっちまえばもうあたしを買おうなんていう物好きな客もいないだろうけどさ」

そうなんだ、と相槌を打ったまことに母は鼻で笑って返した。

「まあでも、ひどいもんだよ。
六畳間に八人が布団敷いて寝起きするんだ。
女臭いったらありゃしない。
しかも中には必ず一人はいびきのうるさいやつがいてさ。
時々たまんなくなって枕投げつけてやる。
そうすると決まって喧嘩になって慌てて看守が飛んでくる。
あんたと同じかそれよりちょっと上くらいの若造にさ、あたしゃ毎週にように説教されてるんだよ。
面白いだろ?」

刑務官がそこでまたきっと母をにらんだ。
ほらね、とでもいうように母が目配せを寄越した。
改めて同席者の横顔に目をやると、なるほどあるいは自分とさほど違わない年齢のようにも思われたけれど、はっきりとはわからなかった。

「昼間はだいたいずっとミシン踏んでるよ。
結構いろんなとこに卸してるみたいだから、ひょっとしてあんたもどこかで買ってるかもしれないなとかも思ってたんだけどさ、でもさすがにそういうのは縫ったことないなあ」

母がまたあきれたような顔つきで自分を見下ろした。
まことはいつも先生のところで着ている茶色の作務衣の上下という出で立ちのままこの場所を訪れていた。

「しかし色気のない格好だねえ。
あたしの娘なんだからさ、もうちょっとなんとかならないのかい? 
そうすれば結構高く売れるかもしんないよ」

まことは答えなかった。
自分が何をして生きてきたのか、やはりこの母は薄々勘付いているのかもしれないとだけちらりと片隅で考えた。
そこで母が伸びをするように両肘を後ろに引っ張って首を回した。


[第二百十六話(はるか篇-8)] [第二百十八話(はるか篇-8)]

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by takuyaasakura | 2008-10-28 12:58 | 第二百十七話(まこと篇-8) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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