Thanks! 10th ANNIVERSARY  特別企画
カテゴリ:第二百三十七話(終章)( 1 )

第二百三十七話(終章)

二人は並んで坂道を降りた。
太陽がほとんど真上から彼女たちに降り注いでいた。
昔は十分に手を繋いで並べた歩道が今はもうかなり狭かった。
それでも肩を寄せ合うようにしていると時折手が触れ合った。
やがてはるかがまことの手を握りそっと指を絡めてきた。
まこともその手をしっかりと握り返した。

コンビニの角を折れ湖の側の歩道に渡った。
ほどなく哲平の家が見えてきて、はるかが少しだけ、まことの不在の間に彼の身に起きたことを説明した。
それでも哲平の転倒がまことの家出と同じ日の出来事であることは、彼女も口にはしなかった。
最初は驚きと狼狽を隠せなかったまことも、彼の結婚の報告にはどうにか頬を緩めることができた。
話題が彼らの第一子の予定日にまで至ったところで、まことが、じゃあひょっとして同じ学年になるのかな、とはるかのお腹を盗み見た。
気づいたはるかが、それがちょうど微妙なところなのよ、と肩をすくめて返事した。

やがて二人は目的の場所にたどりついた。
互いに口に出しこそしていなかったけれど、自分たちがそこを目指して歩いていたことは最初からわかりきっていた。
平日の午後の公園に人影はまばらだった。
広場に向いたベンチに犬を連れた老人が腰掛けて文庫本を読んでいる。
遊具の一画にだけ子供たちが集まって、何が楽しいのかさざなみみたいな歓声を上げていた。

はるかがふと立ち止まり声の方向へと顔を向けた。
柔らかく目を細め口元にはかすかな笑みを浮かべている。
その表情にほんのわずかに戸惑って、まことは横を向き少しだけ苛立たしそうに幾度か髪をかきあげた。
それまでずっと繋がれていた手がそっと離れた。
はるかがその手を後ろに組んで湖の方へと向きなおった。
二人は前後に重なるような位置になった。

「気持ちいい風ね」

「そうだね」

湖面を渡ってきた風がかすかな冷たさを帯びながら額や首筋を撫でていく。
それでもすっかり陽射しに温められたてい身体にはむしろ心地好いくらいだった。
後ろに立ったまことにはるかが前を向いたまま口を開いた。

「ねえまこと―」

なあに、とまことが訊き返した。
はるかが少しだけ俯いてから続けた。
顔はやはり湖水に向けたままだった。

「貴女はやっぱり、あの夜の続きがしたいのかな」

まことはすぐには答えなかった。
それでも相手に背を向けたまま、はるかも黙って返事を待った。

「したくないっていったら、たぶん嘘になるんだと思う。
でもはるかが嫌なら全然そんなの、しなくてもいい」

はるかはそこで振り向くと、一旦まことの顔を見つめてから再び目を伏せた。

「やっぱりちょっと、お父さんが生きている間は気がひけるんだ」

なんとなくわかるよ、とまことが頷くのを確かめてはるかは重ねた。

「まこと、それまで待てる?」

まことが首を縦に動かして応じた。
はるかが一歩詰め寄った。

「でもその時には、ひょっとしてあたしも貴女もすっかりお婆ちゃんになってるかもしれないよ。
だってあたし、頑張ってお父さんに長生きしてもらうつもりなんだから。
それでも待てる? 
それでもずっとそばにいてくれる?」

まことはもう一度ゆっくりと頷いて見せた。
かすかに強張っていたはるかの頬が静かにほぐれた。
それからはるかはそっと身体を回しまた湖面に向きなおると、小さな息を鼻から吐いて首を傾げた。

「だめよだ、まこと。
あたしのいうこといちいち真面目に聞いてたりしたら、きっとまことがもたないよ」

そういうとはるかは体の前で手を組んで小さな伸びをした。

「だってね、あたしの心なんて毎日毎日変わるんだもの。
少しも同じだったことなんてないの。
だからあたしの言葉なんて真に受けちゃだめ。
あたしにはもう何もわからないの。
ううん、違うわね。
もう、じゃないな。
最初からそうだった。
あたしには初めから何もわかってなんかいなかったのよ」

まことは答えずに歩み寄り、後ろからそっとはるかの肩を抱く。
顔を寄せ、髪の匂いを間近に感じる。

「やっぱりはるか、強くなったよ」

耳元にそう囁くと、全然そんなことないってば、とまたはるかが首を横に動かした。
さわりと髪がまことの頬に触れる。
思わず指が動いて静かにその髪をすいている。

「でも誰だってそんなものなんだと思うよ」

はるかの手が持ち上がり自分の肩の上のまことの手に重なる。
だがまことは気づかぬ振りで先を続ける。

「誰でもきっと、自分のことなのに自分っていうのが全然わからなくてさ、時にどれほど自分があやふやか頼りないか思い知っては幻滅したりしてるんだよ。
あたしだってずうっとそんなことばかりだった。
結局私たちはみんな似たような道を歩いてるんだ。
誰も彼も手探りで、初めて生きる一回きりの人生と向き合わなくちゃならなくてさ」

そこで言葉を切ったまことは、はるかの肩の上に乗せていた手のひらを裏返して、そこにあった相手の手に自分の指を絡めた。

「でももし、はるかが今そんなふうに何も信じられなくなってるんだとしたらさ、だったらあたしを信じればいい。
あたしは少なくとも、貴女を好きなあたしというものを信じてる。
それだけは疑わないって決めたんだ。
それだけはね、ずっと昔からわかってた。
絶対揺るがなかった。
だからさ、今からずっと、こんなふうにあたしの手をとってよ。
そうしたらきっと、この気持ちを分けてあげられると思うんだ」

ありがとう、とはるかが小さく呟いた。
するとまことが自分の言葉に照れたように一つ咳を払って身体を放し、今度ははるかの横に並んでぎこちなく手を繋ぎなおした。
はるかがその手を握り返した。


[第二百三十六話(終章)] [第二百三十八話(終章)]

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by takuyaasakura | 2008-11-27 11:47 | 第二百三十七話(終章) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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