Thanks! 10th ANNIVERSARY  特別企画
カテゴリ:第二十二話(まこと篇-1)( 1 )

第二十二話(まこと篇-1)

ぼんやりと窯の火を眺めていたまことはそこで立ち上がり、声を出さずに両腕を伸ばしてそれから腰を左右に動かし筋肉をほぐした。
長いこと膝をかかえてしゃがみこんでいたせいで体のあちこちがぎくしゃくとしていた。

間近まで炎に顔を寄せているうちにすっかり頬が火照っている。

気づくといつの間に、なんだか恥ずかしさに似た気持ちが起きていた。
もちろんそんな羞恥心を誘う原因など近くにはありはしなかった。

無理矢理にでも理由をあげるとすれば、熱を持った両頬が知らぬ間に、かつて自分がそんな状態になった時の記憶をどこからか引きずり出してきたせいだろう。

体の方が先に立って心を左右することもあるのだと、改めてそんなことに気づかされまことはふとおかしくも思った。

いつのまにか右腕が勝手に持ち上がっていた。
人差し指がそっと伸びて自分の唇に触れている。
その自分の仕草に気づきまことは不意にはっとする。

慌てて首を振り、誰が見ているという訳でもないのに大袈裟に肩を回して取り繕った。今度こそ本当に恥ずかしさで頬が染まっていた。
けれど唇に甦った記憶はどこか予感めいてもいた。

天井を見上げまことは静かに息を吐いた。
自分でもおどろくほど重たげな音が静かに燃え続ける炎の音に重なった。

―閉ざされた場所が平気になったのはいつからだったろう。

窯に火が入ってそろそろ一週間になる。
もう三年もここにいるというのに、まことはまだ自分の作品を焼かせてもらったことがない。ようやくろくろがどうにか扱えるようになった程度なのだから当たり前のことではあった。

窯場は昼間でも薄暗かった。
まことの目の前にあるのは登り窯と呼ばれる種類のものだった。
小振りの古墳のような形をしている。

墳墓と違うのは、先に行くほど高くなっていることだ。
屋内にわざわざ土を盛って斜面を作りその上にレンガを組んで作られている。
一番下で焚き木を燃やしてその煙を順次流していくためにこのような構造になっている。
だから左右には短くなだらかな階段がこしえられてもいる。

備前焼きとして知られるこの地方の陶芸は昔から釉薬を使わない。
表面を守られていない粘土は熱に余り強くない。

そのため一気に高熱で焼くのではなく、長時間をかけじっくりと熱を加える方法が考案されてきた。

その歴史の結果がこの登り窯なのである。

窯の中身はさらに数室に区切られて、それぞれの箇所に棚がしつらえられている。
火をいれる直前に成形の済んだ花瓶や茶器、食器の類がそこに並べられる。
この作業を窯詰めという。

だがこれも一筋縄では行かない。

灰の飛ぶ量や熱の伝わり方を考慮して、ある皿は棚の一番上に、また別の花瓶は方側を下に向け寝せた形で置かれたりもする。

先生の言によれば、備前はこの窯詰めですべてが決まるのだという。

もちろんまことはまだ手を出させてなどもらえない。
ただ先生の作業を黙って見学するだけである。

だが窯詰めが済んでも決してただ待っていればいいということにはならなかった。
一旦窯に火が入ると、今度はほとんど一日中炎の量の調節に神経を割かねばならなくなるからである。
窯の内部に時間によって温度差が生じてしまえば、焼き上がった器はどれもこれもひどく脆くなってしまうのだ。

窯場の一画には赤松の焚き木が堆く積み上げられている。

まことは中から三本ばかりを運び焚き口の炎の中にそっとくべた。

まことに任されているのは、先生が昼食とわずかな仮眠をとるほんの三、四時間ばかりの火の番である。
それもつい去年からのことだ。

それまでは先生は寝袋をここに運び込み、ろくすっぽ食事もせずに始終土間の上で寝ていた。

今はまだ器とはとても呼べない器たちが今この中で静かに絶え間ない熱を浴びている。
改めて登り窯を見渡しまことはそんなことを考えた。

見れば見るほど不思議な形だった。
何に一番似ているかといえば、たぶん十人中八人か九人は子宮と答えるだろう。

考えてみれば役割もどこか似ていなくもない。

何者でもなかった彼らが外気に耐え得るだけの十分な力を得るまで長い時間をかけ必要なエネルギーを与え守っているのだとでもいえばどちらにも当てはまるだろう。

―でも子供は陶器とは違う。

自分の脳裏に浮かんだ言葉だというのに、その手触りはぎこちなかった。

あの押し入れの中でひそかに内側に忍び込んでいた誰かが発したもののようにも思われた。

気がつくと額に汗を掻いていた。
思いついてまことは作務衣の袖をまくろうと手を動かした。
すると右の指先が左腕の肘に触れ、ふとそこで止まってしまった。

不意にその下に体温があることが不思議になった。

どこか苛立たしさに似たものを帯びた感覚だった。

感情の名前こそはっきりとはわからなかったものの、理由なら十分に察しがついた。
自分はまだこの体があの母親から作られたことに我慢がならないのだ。

―なんで産もうなんて思っちまったのかねえ。

母は時折そんなことを呟きながらまことを見た。
その目がすごく嫌だった。


[第二十一話(まこと篇-1)] [浅倉卓弥より年末のご挨拶]



※次回の連載は2008年1月7日(月)です。どうぞお楽しみに。
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by takuyaasakura | 2007-12-28 11:45 | 第二十二話(まこと篇-1) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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