Thanks! 10th ANNIVERSARY  特別企画
カテゴリ:第二十五話(まこと篇-1)( 1 )

第二十五話(まこと篇-1)

翌日になって病院に連れて行かれた。
どうしたのかと白衣の相手に訊かれ、友達とちょっとひどいケンカになっちゃったんだと、事前に教えられていた通りに答えた。
相手はあからさまに怪訝な顔で繰り返し本当かなと重ねたけれど、そのたびに首を縦に振った。

帰り道、御褒美だと母が服を買ってくれた。
肩まであるオーバーオールタイプのパンツだった。

その一件以来デニムの服が好きになった。
ごわごわとした生地に全身を覆われると自分がきっちりと武装できているような気持ちになれた。
頼りない中身を外気にさらさずに済めている気がした。

普通のジーンズよりもオーバーオールのタイプのものの方が、お腹はもちろん肩まで守られている気がしてより安心できた。
帽子でもかぶればなおさらだった。

昼下がりの公園の滑り台やあるいは砂場なんかで、同じ年頃の女の子たちが薄いスカートで脚を剥き出しにし、時には下着まで顕にしながら遊び回っているのをよく不思議な気持ちで眺めたものだ。
自分とは全然違うものである気がしてどこか近寄りがたく思ったものだった。
もっともまことが公園で多くの時を過ごすようになったのは、病院に連れていかれた一件からもう少し時が経ってからだった。
幾つ目かの家の斜め向かいが小さな児童公園になっていたのだ。
どんなきっかけがあったのかは覚えていないけれど、いつか押し入れの代わりにその公園で時間を潰すことを覚えた。

かといって友達ができた訳でもなかった。
まことが公園に向かうような時間には、同年代の子供らはまもなく帰宅してしまうことが常だった。

仕方なくまことは鉄棒にぶら下がり見様見真似で逆上がりを覚えたり、あるいは犬の散歩を追いかけて走ったりして時を過ごした。
一人でいる自分をいぶかしげな目で見る大人たちも多かったが、時には中学生がキャッチボールに混ぜてくれるようなこともあった。
そんなせいもあったのか、小学校のクラスでは誰よりも足が速かった。
もちろん男子も含めてだった。


ほどなく先生が窯場に姿を見せた。
相変わらず難しい顔をしている。
眠れましたか、と声をかけたが相手はちらりとまことを一瞥しただけで、すぐ焚き口の前に歩いて火の様子を確かめにしゃがんでしまう。
薪の具合がよくなかったなと不安にも思ったけれど今日は先生は舌打ちをするようなこともなく、戻っていいぞと背中を向けたまま独り言のように口にした。

失礼しますと一礼して窯場を出ようとした。
ところがそこで後ろから名を呼ばれた。

「そういえば郵便屋が通って前でごそごそやっていた。
どうやら何か来たらしい。
ちょっと目を通して、急ぎのものがあったらこっちまで持ってきてくれ」

いわれてはいと返事した。
実際この山中では郵便の配達が通ることもめずらしかった。

戸口を抜けると表は思いのほか晴れていた。
ただしもう陽は傾きかけている。
少しだけ風が肌寒くまことは一つ肩をすくめた。

窯場から母屋までは二百メートル余りの距離があった。
小型車一台分あるかどうかという未舗装の道が二つを結んでいる。
通路の右側にはすぐ山の斜面が始まって雑木林が茂っている。
見上げると鳶が一羽、はるか頭上を行き過ぎて山頂の方角へ消えていった。

道側に近い多少日当たりのいい場所には、名前のわからない下草に紛れちらほらと野生の花が咲いていた。
竜胆の鋭い青やほんのりと黄味を帯びた山百合の白が思い出したように現れては目を引いた。
花たちが暮れていく陽射しを惜しんでいるようにも思え、そんなことがあるはずもないかとまことはふと苦笑する。

道はそのまま母屋の敷地の裏側に出る。
庭の大部分には青いビニールシートが一面に敷き詰められている。
土を日干しにするための場所だ。
片隅の一画が申し訳程度の菜園になっている。
すっかり生え揃ったネギの傍らで、ようやく育った胡瓜やインゲンの苗が三角に組んだ竹竿を目指して懸命に蔓を伸ばし始めている。

そこで先生の言葉を思い出しまことは一旦表門に回り郵便受けを覗いてみた。

すると中に、薄いピンクの封筒が一通、斜めに寄りかかったような形で収まっていた。
これみよがしに表をこちらに向けている。

目にした途端だった。
その文字にたちまち視線を奪われた。

慌てて手に取り裏側を確かめた。
見慣れた湖畔の町の住所と、そして何よりも懐かしい名前が同じ筆跡で綴ってあった。

息を飲みまことはその自分の手の中の手紙をしばらくじっと見下ろした。
やがて両腕が勝手に動き、気づけばそれを慈しむように抱き締めていた。


[第二十四話(まこと篇-1)] [第二十六話(まこと篇-1)]

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by takuyaasakura | 2008-01-09 13:00 | 第二十五話(まこと篇-1) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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