Thanks! 10th ANNIVERSARY  特別企画
カテゴリ:第五十一話(まこと篇-2)( 1 )

第五十一話(まこと篇-2)

「今はるかのお母さん、うちに来てる」

取り繕うように呟くとはるかも無言で頷いた。
ひょっとすると、知ってる、くらいは呟いたのかもしれなかったけれど、はっきりとは覚えていない。
それきりまた先刻と同じ沈黙が降りてきそうになった。
でもそうなるのが嫌だった。

気がつくと生垣を飛び越えてはるかの手を取っていた。

「はるか、遊びに行こっ」

勢い込んで口にする自分の声を耳にしながらまた頬が熱くなっていることを自覚していた。
でも今度は恥ずかしさのせいではなかった。
それもわかっていた。

急いではるかの手を取ってそのまま逃げるようにして背を向けると、まことはいきなり駆け出した。
待ってよお、とはるかの声が追いかけてきた。

はるかの家の門を越えたところで手が離れた。
慌てて振りむくと、それでもはるかはちゃんとついてきてくれている。
少しだけ胸に安堵が兆した。

「公園行こうよ、公園」

坂道を駆け足で降りながら後ろのはるかに声をかける。
顔をしかめながらもはるかも頷いて返事して寄越す。

「競争っ。
あたしの方が絶対速い」

前を向いたままそう叫びまことはさらに脚を速めた。
ちょっとぉというはるかの不平を背中に聞いた。
かまわずにまことは両手を広げ、少しだけ前のめりになって肩の位置をさらに落とした。
空気の抵抗に前髪が持ち上げられて額が顕になっていた。
その場所に当る風が心地好かった。
全身に満ちた訳のわからない熱を冷ましてくれているようだった。

結局コンビニの前のいつもの信号に止められた。
電信柱に手をついて下を向き呼吸を整えているとはるかがようやく追いついてきた。

「急にはずるいよぉ」

そういうはるかの片手にはさっきのジョウロが握られたままだ。
思わず指差して笑ってしまう。

「だってさあ」

はるかの頬が見てわかるほど膨らんだ。
顔真っ赤、と重ねてからかうと、はるかはさらに唇を尖らせ、まことだって汗だくじゃない、と切り返してきた。

向きになったその顔がなんだかたまらなくおかしかった。
でもそれは、後になって思い出してみれば違う名で呼んだ方が相応しい感情だったのかもしれなかった。

少し待つと車の一台も通らないまま信号が青に戻った。
はるかの空いている方の手をもう一度つかみ、まことは、行こう、と引っ張った。
それでも走り出すことはもうせずに、そのまま縦に並んで『くずみ』の前を過ぎ公園の敷地に入った。

何がしたい訳でもなかった。
ただ家のそばにいることが嫌だった。

気がつくと普段はあまり足を踏み入れない、幼児向けの滑り台やら砂場やらのある一画に入り込んでいた。
一番端にベンチを見つけてそこへ座った。
中途半端な時刻だったせいか辺りにはほかの人影も見当らないようだった。

何もいわずにはるかも隣に腰を下ろした。
ちょうど二人の真ん中でベンチの板に置かれた例のジョウロがことりと小さな音を立てた。
改めて眺めると、顔のあるそれはもう自分たちの年齢にはいささか不似合いにも思えた。
けれど当のはるかには気にするような素振りもなかった。

「懐かしいな、よく哲平ちゃんとここで遊んだんだ。
まだまことが越してくる前」

ふとはるかがそう声を漏らした。
ところがその一言にまた何かが騒ぎ始めた。
走っている間に消えてくれたはずだと思っていた感情だった。
気づくと目が勝手にはるかの姿を上から順に追っていた。

それぞれ左右の耳の上辺りから編んである髪。
黄色と赤のさくらんぼみたいな髪止めが先にぶら下がっている。
それから、ブラウスに包まれた細い肩。
はるかは両方の腿の横に手をつき脚を静かに揺すっていた。
歌いながらブランコでも漕いでいるような格好だった。

スカートの下から伸びたその素足をまことはしばし見つめていた。
その瞬間自分の胸に兆したものの正体は、まことには今になってもよくわからないままだった。
どういうふうに表現すればいいのかさえ見当もつかない。
嫉妬によく似ているけれどそんな名前で呼ぶには相応しくない。
そういう種類の思いだった。

確かなのは、その感情を抱いたのはたぶんこの時が初めてで、それは間違いなくはるかに向けられたものだったということだけだ。
気がつくと相手にしがみつきたくてたまらなかった。
全身できつく締め上げてそのまま壊してしまってもかまわないと感じていた。
感情はたちまち衝動にまで膨れ上がった。
苛立ちめいたものが四肢にざらついてまことを押し流そうとしていた。
抗いきれずまことは、それでもはるかに手を伸ばすことはどうにかこらえ、代わりに跳ねるように動いてベンチから立ち上がった。

「砂場とか?」

はるかの前に回り込んでまことはそう訊いた。
相手が怪訝そうに眉を寄せた。

「だから、はるかが哲平たちと遊んでたの」

ようやく質問の意味を察したはるかが頷いて返事した。

「うん、砂場もそうだし、あっちの滑り台にもよく登ったよ」

一瞬だけ唇を尖らせてからまことは思い切ってはるかの手を取った。
「じゃあ、今日はあたしと遊ぼう」
どうしてそんなことがしたいのか。それすら自分でもわからないまま腕ごとはるかを引っ張っていた。ええ? もうそんな年じゃないよ、あたしたち。そういいながらもはるかはされるがままになる。ベンチの上に置き去りにされた例のジョウロが自分たちから目を背けるように在らぬ方を向いていた。


[第五十話(まこと篇-2)] [第五十二話(まこと篇-2)]

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by takuyaasakura | 2008-02-18 11:33 | 第五十一話(まこと篇-2) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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