Thanks! 10th ANNIVERSARY  特別企画
カテゴリ:第五十四話(まこと篇-2)( 1 )

第五十四話(まこと篇-2)

その時だった。
背後で自転車のベルが鳴った。

はっとして顔を起こすと哲平が砂場のすぐ脇で自転車を止めるところだった。
シルバーグリーンの車体の後部にはグローブが二つ結わえつけられている。
野球の帰りなのだろう。
決まりが悪くなりまことは急いではるかの上から体を起こした。

「お前らこんなところで何やってんの? 
幼稚園児じゃあるまいし」

別に、と取り繕うようにとりあえずそれだけ声に出した。
はるかはその間に身をよじりまことの体を潜り抜けて砂の上に座りなおしていた。
上半身だけを起こして両手を後ろにつくような格好だ。
服のあちこちに砂粒がまとわりついている。
すると哲平が少しだけ顔を背けながら眉をひそめた。

「おいはるか、お前パンツもろに見えてるぞ」

「え、やだっ」

はるかは慌てて両腕を前に運ぶと膝の間を隠そうとした。
顔が真赤になっている。

「そんなとこ見ないでよ」

頬を膨らませたはるかは哲平をひと睨みすると立ち上がり、スカートの裾を気にしながら念入りに全身の砂を払った。
その間も哲平は視線の置き場に困ったように目をうろうろとさせていた。

そんな二人の様子を眺めているうち、まことはふと、ついさっきまで自分を支配していたざわめきがすっかり姿を消してしまっていることに気がついた。
ほっとすると同時にどこかでそれを惜しんでもいた。
肩から背中から手足の隅々までその名残を探しもしてみたけれど、見つけることはできなかった。

「哲平ちゃん、今帰り? 
いつもより少し早くない?」

はるかの声が聞こえた。
けれど響きがいつもと違っていた。

「うん。何か人数足りなくなっちゃってさ、解散になっちまった」

答える哲平はまだサドルにまたがったままだ。
二人のやりとりを聞きながらまことは、ああ、そうかと思い出した。
ついさっき、ちょっと怖いよと呟いたはるかの声はこれまで耳にしたことのないような音だった。
よく知っているはるかの声音とはすぐには上手く重ならないほどだった。
だからこそ自分の名を呼んだその声は特別だった。

その場面を思い出し、まことはもう一度そうなんだと胸のうちで繰り返した。消えてしまったものはざわめきだけではなかったのだ。
あの一瞬確かにあった、はるかとの間に感じたはずの親密さのようなものが今はすっかり失われてしまっていた。

気がつくと恨みがましいような気持ちで哲平を見上げていた。
いつのまにはるかの方も砂場を出て哲平の傍らにいた。
左手が三つ編みの形を確かめるように動いている。
並んだ二人の姿を見ながらまことはいいようのない思いを噛み締めていた。

幼馴染みの二人は何かいい合っては笑っていた。
その言葉すら上手く頭の中に入ってこなかった。
まるで自分はこの場所に一人きりであるようだった。
はるかも哲平も自分の視線に気づくことさえしない。
所在なくまことは彼らに背を向けた。

「おい、来生」

けれどそのタイミングで哲平の声がかかった。
呼ばれて振り向くとグローブが飛んで来るところだった。

「どうせ暇してたんだろう? ちょっと付き合えよ」

受け止めて目を上げると哲平はすでに自分の手にグローブをはめ終えて、まことの返事も待たず距離を取りに小走りに奥の方へ向かっていくところだった。
片隅ではるかがふと淋しそうな表情を浮かべるのを認めた。
けれどすぐ哲平が振り向きざまに声と一緒に手を上げて、そちらに注意を向けざるを得なくなってしまった。

いくぞ、と相手の右腕が動いた。
捕球すべく身構えるとほかの景色が遠退いた。
目の前でたちまち白いボールが大きくなった。
グローブに収まった哲平の球は前に受けた時よりもずいぶんと重く感じられた。

そのまましばらくキャッチボールを続けた。
やがて哲平はまことに座るよう指示を出した。
いわれるままにキャッチャーのような姿勢を取った。

ふと目をやると、いつのまにかはるかは最初に二人で座ったベンチにいた。
両手を膝のすぐ外側につき、いつものようにかすかに脚を揺らしながらボールの軌道を目で追っている。
唇の端だけが辛うじて笑っているようにも見えた。
だが次の球が来て、まことの頭からそんな映像を吹き飛ばしてしまう。

哲平に返球する。
乾いた音が相手の手の中で鳴るのが遠くに聞こえる。
すぐにまた次の球がやって来る。
急いで腰を落として真正面で受け止める。
気づくと少し手が痛くなっていた。
そこでまことはすぐには球を投げ返さずにはるかに向いた。

「代わろうか?」

少し声を落としてそう訊いた。
するとはるかは一瞬の躊躇もなく首を横にふって返事を寄越した。

「ううん、はるかじゃ無理だもの」

そう笑ったはるかの顔はやはりどこか淋しげだった。

「大丈夫、見てるの楽しいから」

いわれてただ頷いて返し、哲平に急かされてまたキャッチボールに戻った。
そのまま三十分くらいも過ぎた頃だった。
はるかの母が二人を迎えに現われた。
いつもと変わらぬ様子に見えたけれど、自分の姿を目にした彼女の顔に一瞬だけ動揺めいたものがよぎったことをまことも見逃しはしなかった。


[第五十三話(まこと篇-2)] [第五十五話(まこと篇-2)]

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by takuyaasakura | 2008-02-21 12:00 | 第五十四話(まこと篇-2) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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