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カテゴリ:第八十一話(まこと篇-3)( 1 )

第八十一話(まこと篇-3)

「俺はな、あんな場所なんて知らないんだ。わかるか?」

真上から男が見下ろしていた。
声を乗せた息が生温かかった。
目と目の距離もあまりに近く、まことは奥歯を噛み締めながら目を逸らした。

「確かに俺はここに入り浸ってる。
まあ、あいつの男だからな。それは当たり前だ」

言葉と一緒に男の息が降ってくる。
煙草と酒と、それから得体の知れない臭いとが交じり合い鼻腔をくぐり抜け胃を直撃するようだった。
嘔吐の予感が胸元に迫った。

「だけどいつだって飯を食ってお前のお袋とやって寝るだけだ。
台所から先には足を踏みいれたこともねえ、そうだろう?」

たまらずに顔を背けた。
男が、おい、と怒気を募らせた。

「わかったか? 誰に訊かれてもそういえるか?」

それは質問ではなく命令だった。
けれど何故相手がそんなことを気にするのかわからなかったし、何よりもどうにかしてこの状況から逃れたかった。

てめえ、返事しろ。
その男の低い声を聞きながら、まことはもう一度、今度こそ相手の両足の間にある方の膝を渾身の力を込めて蹴り上げた。

ぐえっと奇怪な声を上げて男の両手が手首から離れた。
戒めが緩み、まことは急いで体を捩って仁村の下から抜け出した。
だが運悪く玄関とは反対の側に転がってしまった。
目の前には客間しかなかった。

そこに逃げ込んでは出口がなくなることもわかってはいた。
けれど一刻も早く男から離れたい気持ちが判断を狂わせていた。

「このクソがきがぁっ」

立ち上がった仁村の大きな体がたちまち退路を断った。
為す術なくそのままじりじりと部屋の隅に追い詰められた。
ついに仁村の左手が伸びまことの首を捕らえた。
そのままこちらを壁に押しつけると、男はもう片方の手で嫌らしく口元を拭った。

「あのなあ、俺がいるから佳苗は今の仕事でやってられるんだ。
こんな辺鄙な場所できちんきちんと客を見つけてくるのもそれなりに大変でな。
いわば俺がお前を養ってやっているようなもんなんだ。
お前、それわかってんのか?」

まことは両の手のひらを相手の胸に押しつけて懸命に跳ね返そうとした。
けれど到底大人の男の力に敵うはずもなかった。

「いわば俺はお前の親みたいなもんだ。
親のいうことは聞けって、そのくらいどこでも教えてくれるだろう。
それがてめえときたら、いつもろくすっぽ挨拶もしねえで、たまに口開けば生意気なことばかりいいやがってよ」

昂ぶる口調とともに首にかかる力が一層強まった。
まことは嫌悪感にただ懸命に目を逸らした。
それしかできなかった。

「おい、まだきちんと返事もしたくねえっていうんだったらな、こっちは体にわからせてやることだってできるんだぜ」

顎を掴まれ正面に向きなおさせられた。
顔がさらに至近距離に近づいた。
臭いに顔を背けようとして頬をはたかれた。
母とは比べものにならないほどの痛みだった。

悔しくて、にらみつけようと前を向いた。
だが今度はそれがいけなかった。

はっと思う間もなく分厚い感触に唇を塞がれた。
何が起きたかを理解した途端、胃の奥から吐気が迫り上がった。
まことは思わず口をきつく閉じて歯を食いしばっていた。
その瞬間、今度は両脚の真ん中に乱暴な力を感じた。

自身でさえまだそっとしか触れることのできていなかったその場所に、男の指が傍若無人にかぶさっていた。思わず膝に力が入ったが足を閉じることは叶わなかった。
声を上げようとしたけれど咽喉もいうことをきいてくれなかった。
ただ怖かった。
怖くて仕方がなかった。

いつのまにかまぶたをきつく閉じていた。
その瞬間、まことはふと仁村に襲われている自分自身の形をどこからか見下ろしているように錯覚した。
どこからか諦めに似た思いが忍び込んでいた。

ところが仁村の指先が下着の端をかいくぐり無防備なその箇所に直接触れようとした時だった。
玄関にただいまあと声がした。
ちっと一つ舌打ちが聞こえてようやく仁村の体が離れた。

急激に全身の力が抜けた。
本当にその場に立っていられないほどだった。
膝が震えて止められず、まことは壁に背中を預けるとそのままずるずると真下に崩れ落ちた。

「まことぉ、いるんだろう?」

間延びした声と一緒に母が廊下に姿を見せた。
仁村が頭の後ろに手をやって渋々といった表情で声の方向に振り向いた。
スーパーのレジ袋を手にしていた母の顔が自分たちの様子を目にして瞬時に歪んだ。

「ちょっとあんたたち、いったい何やってんの?」

仁村はすぐには答えずに卓袱台の脇に座り込むと、憮然とした顔のままどこかから煙草を取り出して火をつけた。
まことはその場を動けなかった。
鼓動が耳元で喧しかった。
一人だけ立ち尽くした母が怪訝そうな顔で自分と仁村とを交互に見比べていた。

その時になってやっと、助かったんだと思った。

途端に激しく咽喉が迫り上げた。
まことは懸命に声をこらえただ肩だけでしゃくりあげた。
ふと胸元に冷たいものを感じた。
見下ろすと知らぬ間にベストの前がすっかりはだけてブラウスが顕になっていた。
襟のすぐ下のところに染みが二つできている。
動かない手をどうにか持ち上げ頬を確かめて、自分が泣き出していたことにようやく気がついた。


[第八十話(まこと篇-3)] [第八十二話(まこと篇-3)]

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by takuyaasakura | 2008-04-09 11:35 | 第八十一話(まこと篇-3) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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