Thanks! 10th ANNIVERSARY  特別企画
第二百二十三話(まこと篇-8)

出口までのちょうど真ん中辺りまで来たところだった。
ふと隣を歩いていた眼鏡の彼女が口を開いた。

「彼女への面会人は初めてだということでしたから、しかも実の娘さんということだったので、正直なところを申し上げますと、私は少々期待していました」

相手はそこで立ち止まったのだけれど、顔は前に向けたままだった。

「すいません」

まことも足を止め、その場で向きなおって相手に小さく頭を下げた。
唇を結んだままの彼女がゆっくりとこちらを向いた。
制服と同じ灰色の壁を背景に、眼鏡を縁取る黒だけが妙にくっきりと浮いて見えていた。

「そうですね。そういっていただくべきなのかもしれません」

かすかに顎を持ち上げるような仕草を挟んで相手が続けた。

「でも私には貴女たちの個人的なことは何もわかりませんから、その謝罪を受け取る資格があるのかどうかはちょっと疑問です。
ただ、決して貴女を責めたくて今の言葉を口にした訳ではありません。
そこはわかっていただけると嬉しいです」

はい、とまことが頷くと、相手は少しだけ眉を寄せた。

「それに、私が少し、千二百三十七番に好き勝手にしゃべらせ過ぎたのがいけなかったのかもしれませんから」

まことは首を横に振り、もう一度、ご迷惑をおかけしましたとお辞儀した。
相手は鼻から息を吐き少しだけ表情を緩めると、余計なことかもしれませんが、と前置きしてから切り出した。

「私はまだこの仕事についてさほどの時間が経っている訳ではありません。
そもそもが、女ながらに多少腕っ節に自信があったのと、実家から通えればいいなという程度の志望動機でしたから、使命感のようなものも決して最初から持っていた訳ではありません。
でも、そんな私でも、ここにいるとなんとなくわかってくることがあります」

言葉を切った彼女にまことは相槌を打って続きを促した。

「上手くいえるかどうかは自信がありません。
けれどこの頃こんなふうに思うんです。
自らが許されたいと望んでいない人間が本当に許されることはないのではないか。
他人がそれを代わりにしてあげることは決してできないのではないだろうか、と」

彼女のいう意味が上手くつかめたかどうかはよくわからなかったけれど、でも何かが届いた気がしてまことはもう一度頷いて応じた。
彼女がまた短く唇を結んでから続けた。

「どうにかして彼女たちの心を、そういうふうに向けてあげたいとは常々考えているのですけれど、こればかりはどうにも、思ったようにはいかないんです」

そこで彼女は重いため息を一つ吐き出すと、静かに首を左右に振った。

「おそらく千二百三十七番は―貴女のお母さんは、九分九厘刑期が終わるまでここを出ることはできないでしょう。
もし彼女に課せられた刑罰がたとえばほかの人の罪に起因することだったのだとしても、それは残念ながらここでは何の関係もありません。
ただ、犯してもいない罪を反省しろということは、普通の人間にも酷な要求なのかもしれないなとはほんの少しだけ思いましたけれど、やはり私には何もできません。

彼女の持つ空気は、同じ罪状で何度もここに出入りする懲役たちのそれと大変よく似ています。
もっとも、その多くは万引きや薬物ですけどね。
彼女たちには罪の意識がほとんどないんです。
でもなんとなく、今日の一件でその理由がわかった気もしました」

まことが言葉を返せずにいると、相手も一瞬目を伏せた。

「それでもやはり彼女は罪人なのでしょうね。
同時にそう思ったこともまた事実です」

いいながら彼女が前に向きなおりまた静かに歩き始めた。
まことも歩調を合わせてついていくより仕方がなかった。
歩きながら彼女が再び言葉を継いだ。

「おそらく刑期が終わって出所しても、千二百三十七番はきっとまた何かをやらかして、それもこの塀の中の方が居心地がいいという程度の理由で平気で他人に迷惑をかけ、そうやってまたここに戻ってくるのだろうな、と実は私たちはひそかに噂しています」

玄関につき、どうぞ、と促され、館内でずっと履いていたスリッパを、下足入れにしまっておいた運動靴へと取り替えた。
ガラスの自動ドアの向こうには来た時と同じ晴天の空が広がっていた。
眼鏡の彼女もまた、置いてあったサンダルに足を入れ一緒にたたきに降りてきた。

まことが動くと自動ドアが静かに開いた。
まるで機械さえこの場所では息をひそめてでもいるようだった。
そうしなければならないとわかってでもいるかのようだった。

今日はお疲れ様でした、と刑務官の彼女が頭を下げた。
こちらこそご迷惑をおかけしました、とまことも再びお辞儀を返した。
けれどまことが表に向こうとした時だった。
ただ、と彼女の声がした。
振り向くと相手と目が合った。
一瞬だけ躊躇のような表情を見せてから、彼女がその先を続けた。

「ただもし、千二百三十七番が貴女に許されたいと自分でそう思えた時には、本当にそれができるようになった時には、どうか手を貸してあげていただけると嬉しいです」

そういって唇を結んだ彼女は、それから深々とまことに頭を下げた。

「そんな、お願いですから頭を上げてください」

何が彼女にそんなことをさせるのか、まことにはまるでわからなかった。
実の娘の自分でさえあの母のために誰かに頭を下げようと考えたことなど一度もないのにと思い当たればなおさらだった。

顔を上げた相手と再び真正面から対峙した。
彼女の今の行動の理由をそこに読み取ろうともしてみたけれど、まことにはやはり叶わなかった。刑務所の玄関は静かだった。

「でも、あたしにはそんなこと、申し訳ないけど、約束なんてできません」

首を振りながらそうゆっくりと口にした。
そうですか。
相手が低く呟いた。
残念です。
そう一言結んで相手が軽く目を閉じた。

「どうか母を、これからもよろしくお願いします」

もう一度だけ頭を下げ、それからそのまま相手の目を見ないようにして背を向けた。
それが今の自分にできる精一杯だった。


[第二百二十二話(まこと篇-8)] [第二百二十四話(まこと篇-8)]

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# by takuyaasakura | 2008-11-06 10:23 | 第二百二十三話(まこと篇-8) | Comments(0)
第二百二十二話(まこと篇-8)

まことは立ち上がりながら続けた。
いつのまに咽喉が今にもひきつれそうなほど乾いていたけれど、どうにかしてその先の言葉を絞り出した。

「この前ニュースで見たんだ。
報道されてた名前は違ってたけど、写真が映った。
間違いなくあいつだった。
フィリピンでさ、強盗だか何だかに巻き込まれて撃たれたんだって」

「―嘘だ」

「なんか、ほかの事件で手配されてたってもいってたよ。
だからやっぱり、仁村はとんでもない男だったんだよ。
だから罰が当たったんだよ」

「嘘をつくな。誰がそんなでたらめ信じるもんか」

「嘘なんかついてもしょうがないだろう」

まことは母を見下ろした。
母が自分をねめあげた。

「このクソガキっ」

いきなり椅子を後ろに蹴り飛ばし母が襟元につかみかかってきた。
ものすごい力で首を締め上げられて、自分の目が充血していくのがはっきりとわかった。

けれどまことはその両目で意地になって母を見据えた。
その一瞬、自分の瞳がそのまま眼窩から銃弾のように飛び出して母を打ち抜く幻を見た。

本当にそうできればいいのにとさえ思った。

だがその途端だった。
母の背後の扉が音を立てて開き、同席者と同じ制服に身を包んだ新たな二人が雪崩れ込んできたかと思うと、背の高い方の一人がたちまち母を後ろから羽交い絞めにした。
首筋が一気に開放されまことは思わず咳き込んだ。

「てめえ、このズベタッ」

刑務官の腕の中で暴れながら母が唾と一緒に吐き捨てた。
何が起きたのかすぐにはわからず、最初から立ち会ってくれていた眼鏡の一人にまことが目で尋ねると、相手は黙って机の端に目配せした。
少し屈んでその場所を確かめると、天板の裏にブザーのスイッチのようなものがついていたのがわかった。

「何が起きるかわからないですからね。
こういう備えはどうしても必要なんです」

だがその刑務官の声にも母の怒声は重なり続けた。

「どうせあたしが産んだんだ。
お前なんかこの手で殺してやる、今この場で殺してやる」

母はなお必死の形相で暴れていた。
肩を固めた二本の腕を逃れようと激しく上体を振りながら、前に回った一人の腹を蹴り上げようと繰り返し足を持ち上げていた。
あの四桁の数字が再び刑務官たちの口から次々と飛び交った。
それでも母は千切れそうなほどの勢いで頭を振り怒号のような音を漏らすことを止めようとはしていなかった。
ふとずいぶんと昔に似たような光景を見た気がした。
それが母が逮捕された日の記憶であることを思い出すのにさほどの時間はかからなかった。

やがてまことを口汚く罵っていた言葉が次第に意味を成さない音へと変わっていった。
眼鏡の刑務官がまことの肩に手を添えて、行きましょうと静かに背中を向けさせた。
促されるままにまことは自分の足を動かしていた。
さよならも、またね、もない別れだった。
それでいいのだろうと思った。
廊下に出るとすぐ背後で扉の閉まる音がした。
それでも母の喚き声はまだ消えはしなかった。
消えようとはしてくれなかった。

ドア一枚隔てた分だけくぐもって、まるで嗚咽のようにも聞こえた。
だがそれもやがて自分たちが出口へと近づくに連れ徐々に小さくなっていった。


[第二百二十一話(まこと篇-8)] [第二百二十三話(まこと篇-8)]

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# by takuyaasakura | 2008-11-05 11:11 | 第二百二十二話(まこと篇-8) | Comments(0)
第二百二十一話(まこと篇-8)

そこでまた母の顔つきが変わった。
言葉を挟むことはせず、まことはただその様子を見守った。

「なのにあの野郎、連絡先も寄越さないでばっくれやがって。
でもね、出たら絶対見つけ出してやるんだ。
ずっとそれだけ考えてるよ。
ミシン踏みながら、狭い庭を延々と走らされながらさ。
考えてもみなよ、あたしゃあいつの命の恩人なんだ。
さすがのあいつでも、もう一生あたしには頭が上がんないに決まってる。
足舐めろっていってもいう通りにするだろうね。
ほかのこともいっぱいさせてやる。
楽しみだねえ、もう生涯ずっとあたしの奴隷にしてやるんだ」

そんな無様な言葉をいいながら、どうしてそんな、まるで少女みたいな顔をする。
あたしの前でそんな顔ができる。
まるでそれじゃあ、それじゃあ―。
その先に続きそうな言葉を懸命に振り切ってまことはようやく口を開いた。

「違わないよ」

あん、と母が視線をまことに戻した。

「自分で気づいてないだけでさ、母さんもその、壁に向かってしゃべり続けてる彼女と同じなんだよ」

「そんな訳ねえだろ。
娘だからってつけあがってふざけたことばっかいってると、本気でぶっ飛ばすよ、お前」

母が一段声を低くした。
だがまことは怯まずに続けた。

「でもそうなんだよ。
それにきっとさ、あんたと仁村の、小汚い、どうしようもなく薄汚れた魂同士がこの世で出会って引き合ったんだよ」

やっとの思いで吐き出した言葉がどうにか母の真ん中に突き刺さった気がした。
そんな手応えを感じた。
でも同時に、その見えない刃は標的に当たった途端に砕け散り、粉々になって四方に跳んで、そうしてそのかけらの一つが自分のどこかに鋭くめり込んでしまったような気もしていた。
母が肩をいからせた。

「はん、じゃあさ、いったいあんたの魂とやらはどんな色をしてるっていうんだ? 
そんなのあたしと同じに決まってるだろう。
なんたってあんたはあたしの娘なんだからね。
このあたしの、この両脚の間から出てきたんだよ」

違う。
心の中で悲鳴のような音が迸った。

「知ってるか? 
覚えちゃいないだろう。
あんたはね、あたしのあそこをほとんど切り裂くみたいにして出てきたんだよ。
血まみれの紐でしっかりあたしの中に繋がれてさ。
死ぬかと思うほど痛かったんだ。
あたしがそれに耐えたからあんたはそこにいるんだよ」

それは確かにそうかもしれない。
この体はあんたにもらったのものなのかもしれない。
でも心は、もし本当にあたしの魂みたいなものがあるんだとしたら、それはあんたとは無関係な場所からこの世界に降りてきた。
そしてそれが結びついているのは、その相手は、それは―。

「誰の子だかさえ教えてくれなかったくせに」

なお勝手に脳裏に暴れ回る言葉たちを懸命にかいくぐりまことは母に反論するための一言を探し、ようやくそれだけ見つけ出して口にした。
だが母はこともなげだった。

「しょうがねえだろ、あたしにだってわかんねえんだからさ。
でもあんたは間違いなくあたしの娘だ。
それだけわかってるだけでも幸せだと思いな」

「お嬢さん、そろそろ―」

母の言葉が終わるか終わらないかのうちに刑務官がそう口にした。
壁の時計に目をやると残り時間はもう一分を切っていた。
まことが頷いて椅子を引くと母が拗ねたように顔を背けた。

「そうそう、一ついうの忘れてたよ」

正面の母に向いたまま手だけを机についたところでまことはそう切り出した。
刑務官が怪訝な顔になるのを目の端でとらえた。
本当はその瞬間も迷ってはいた。
やはりこのまま黙って帰るべきなのかもしれないとも感じてさえいた。
実際、あの夢見るような母の表情を目にした瞬間は真剣にそうしようとも考えた。
どうするのが正しいことなのかわからなかった。
だが決めかねるうち言葉は勝手に口をついていた。

「仁村はね、死んだよ」

瞬時に母の顔がはっきりと強張った。
この時ばかりはふざけた相槌も返ってはこなかった。


[第二百二十話(まこと篇-8)] [第二百二十二話(まこと篇-8)]

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# by takuyaasakura | 2008-11-04 11:06 | 第二百二十一話(まこと篇-8) | Comments(0)
第二百二十話(まこと篇-8)

刑務官がちらりとまことを一瞥した。
どうしますかとでも訊いているようだった。
壁にかかっていた時計を確かめるとまだ終わりの時間までには十分な間があった。

「だけどね、どんなに悪党でもさ、仁村はあたしが初めて本気で惚れた男だったんだ」

そこで母が口を開いた。
あらためてまことは母を見据えた。

「あんたさ、ソウルメイトって言葉知ってるか?」

再び身を乗り出してきた母にまことは首を横に振って応じた。

「ちょうど今同じ房にインテリがいてさ、そいつに教えてもらったんだよ。
誰にでも一人は魂からぴったり合う相手がいるんだってよ。
それを英語でそういうんだってな。
しかもその相手はどうやら生まれる前から決まってるらしいよ。
まったくロマンチックなこった。
しかしおかしいよね、外人とかってさ、きっと生まれ変わりとかそういうのは全然信じちゃいないくせにそんな言葉だけは平気で使うんだもんな」

いいながら頬杖をついた母がいびつに唇を曲げて笑った。

「だけどこれにはオチがあってさ、そのインテリ、いったい何をやらかしてここに入ってきたと思う?」

まことがもう一度首を左右に動かして応えると、母もさもおかしくてたまらぬというふうにまことと同じ方向に頭を動かした。

「そいつの旦那ってのがやっぱりそいつのソウルメイトだったんだってよ。
でさ、私は現世で約束された相手に巡り会えて、とても幸運だったんです、なんて、そいつは今でもしれっとした顔で抜かしてるのよ。
ところがさ、ある時その旦那が別の女に惚れられたんだそうなんだな。
なんでも旦那ってのは大学の教授だか助教授だかで、教え子の一人が家に押しかけてくるまでになっちまったらしい」

そこで刑務官がまた無言で母をにらんだけれど、母は、いいだろう、中じゃみんな知ってる話だし、あたしも名前は出さないよう気をつけてるじゃないか、と唇を尖らせて見せてから続けた。

「旦那がその女に手えつけてたんだかどうかは知らないよ。
もっといえば本当に教え子の女子大生がアプローチしてたのかだって疑わしいやって、あたしなんかはあいつ見てると思うけどね。
で、そのインテリ女はさ、結局思い余って旦那の方を刺しちまったんだよ」

肉切り包丁で、ずぶりとね。
そう付け足して母はおどけるように両手を広げた。
刑務官が再び番号を口にし、母が、わかったよ、もう止めるよ、と言葉だけはそう答えた。

「だってそうしないと、私の代であの人との絆が切れてしまったら大変ですからって、あいつしゃあしゃあとそう抜かすんだよ。
でさ、そいつが暇さえあればいっつも一人で壁に向かってぶつぶつと何かいってるから、あたしも面白がって一回だけ、そんなに熱心にいったい誰と話してるんだいって訊いてみたのよ。
そしたらさ、相手は旦那なんだって。
よくぞ自分たちの縁を守ってくれたって御礼をいわれてたって、そういうんだぜ。
笑えるだろう? 
あいつは絶対一生ここから出られないね。
賭けてもいい」

いい終えた母がまた一人で笑った。

「まったくバカばっかりだよ、本当。
でもあたしはあいつとは違うからね」

母がそこでふと笑みをひそめた。

「あたしがこうしなきゃ仁村が死んでた。
たぶんそれは間違いないんだ」

口を開きかけたまことを真正面からねめつけて母は続けた。

「あたしゃ魂なんて知らないよ。
そんなもんが本当にあるかどうかなんて知ったこっちゃない。
どうせあたしにわかる訳がないからね。
でもさ、身体なら仁村とあたしは本当にぴったりだったんだ。
あいつに抱かれている時だけは、ああ、あたし生きてるんだなって思えたんだよ」

ふと母の頬が緩んだようにも見えた。
まことはその動きを複雑な思いで見つめていた。
だがその時自分のうちにうごめいた感情がなんなのかは結局わからないままだった。

「あのインテリの台詞じゃないけどさ、そういう相手に出会えたあたしはそれだけでかなりの幸せ者だったんだよ。
そんな相手が死んじまうかもしれないって思ったらなんだってできるさ。
女だったら絶対そうだね。
できないやつはもう女じゃないんだよ」


[第二百十九話(まこと篇-8)] [第二百二十一話(まこと篇-8)]

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# by takuyaasakura | 2008-10-31 13:12 | 第二百二十話(まこと篇-8) | Comments(0)
第二百十九話(まこと篇-8)

「それにあんたさ、どうせあの隣の女が手ぇ出して面倒みてくれてるんだろう? 
ひょっとして今でもあそこにいるのかい?」

まことが首を横に振ると母はたちまちしたり顔になった。

「そうだろうねえ。
絶対あんたにはあんな堅苦しい空気なんて耐えられる訳がないと思ってたんだよ。
そんなこと最初からわかりきってた。
だから出て行く時にちゃんといってやったじゃないか。
仁村のいうこときけって。
必ず悪いようにはしないでくれるからってさ」

「それこそそんな訳ないに決まってるだろう。
それに、あそこでお世話になっている間あたしは、母さんといた頃よりよっぽど幸せだったんだ」

「へえへえ、さようですか。
それはよござんしたね。
じゃあ何かい、あんたはあの家から嫁に出してでももらったっていうのか? 
だからあそこで暮らしてないのか? 
だけどその格好じゃあとてもそうは見えないけどね」

「そこまで迷惑かけられるはずないじゃないか」

「じゃあどうなったんだい? 
何かやって追い出されたのか?」

「違う。自分で飛び出した」

それ以上その話題を広げたくなくてまことは急いで話を戻した。

「母さんはなんでそんなにあんな男を信用できたのさ。
どこをどうひっくり返したってあいつは悪いやつじゃん。
母さんが体売ったお金だって、どうせあいつがきっちり上前はねてたんだろう?」

「わかったような口きくんじゃないよ。ガキのくせに」

「わかるんだよ、もう。
それにもうあたしはガキじゃない」

互いに声を大きくし、そこでそのままにらみあった。
母が先に目を逸らした。

「それでも大事にされてたのさ」

「どこがだよ、自分の人殺しの罪をなすりつけてくれるところかよ」

いい放ったまことを、母は今までになくきつい目でにらみ返してきた。

「こんなくそ生意気なガキがいるってのにあたしを捨てなかったからね。
そんな男はほかにはいなかったんだ。
あの家だってあいつが世話してくれたんだよ。
部屋がいっぱいあってさ、全部あたしが使ってよくて。
嬉しかったよ。
そもそもさ、屋根の下で眠れるっていうただそれだけのことがどれほどありがたいか、あんただってもうわかる年だろう?」

「でもやっぱり騙されてただけだよ、結局あいつは母さん自分のいいように利用したんじゃないか。
それにあいつはたぶん、母さんのことなんか何とも思っちゃいなかったんだよ。
ここに顔出したことだってきっと一度もないんだろう? 違うかい?」

「うるさい、もう黙んな」

そこで一層声を荒らげた母を、刑務官がまた短く最前と同じ数字を口にして制した。
悪かったよ、とあからさまに小ばかにした態度で返事した母に彼女が再び眉をひそめた。

でもその表情はなんだかどこか悲しそうだった。

あーあ、せっかく娘が面会にきたってのに、これじゃあ気晴らしにもなりゃあしないね。

こんなんならトイレにこもってでもいたほうがましだったかね。
また後ろにのけぞるようにして左腕をだらしなく下げ、反対の手で短くなってしまった髪をすきながら、母がぼそりとそんなことを嘯いた。


[第二百十八話(まこと篇-8)] [第二百二十話(まこと篇-8)]

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# by takuyaasakura | 2008-10-30 11:00 | 第二百十九話(まこと篇-8) | Comments(0)

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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第二百三十話(終章)
第二百三十一話(終章)
第二百三十二話(終章)
第二百三十三話(終章)
第二百三十四話(終章)
第二百三十五話(終章)
第二百三十六話(終章)
第二百三十七話(終章)
第二百三十八話(終章)
[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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