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第百二十二話(はるか篇-5)

まあつまり、年を取ると開きなおりも結構簡単になるっていう訳かしらね、と続けた彼女はそれから顔の前に人差し指を立て、さて、ここで問題です、といった。

「体毛が薄い、頭が大きい。これってなんだと思う?」

首を傾げながら浮かんだ答えを口にした。

「人と、動物の違いですか」

飯島先生はよくできましたという感じで頷きながら、正解、と口にした。

「でもね、答えはもう一つあるのよ。
この二つは生まれたばかりの動物の特徴でもあるのね。
草食動物や犬猫とか、中にはちゃんと毛皮に覆われた姿で出てくるのもいるけれど、ネズミなんかはぽよぽよとしか生えてないし鳥もほとんどそうでしょう? 
カンガルーなんかに至ってはほぼ剥き身といっていい状態だし」

剥き身ですか、と思わず繰り返してしまった。
なんかおかしかったかしら、と真顔で訊き返され慌てて手を振って否定した。
飯島先生が小さく笑いはるかの頬もつられて少しだけ綻んだ。

「何がいいたいかというとね、あたしたち人間は子供のまま大人になる世にも珍妙な動物なんだということ。
子供の特徴を備えたまま成体になる生き物を表すのにネオテニという言葉もあるんだけれど、我々はいわばその最たるものなのね」

どう返事していいかわからず、はあ、とだけ応じた。

「でもね、大人とか子供とかっていってるのも、つまりそういう名前をつけて何かを区別しようとしてるのも所詮人間だけなのよ。
一番特殊な私たちがそういう言葉を作り出してさも普遍的なものであるかのように理解しようとしている。
それがある時とてもおかしく思えたの。
だってさ、なんだか自分のことだけはすっかり棚上げにしちゃってるくせに人にお説教してる偉い人みたいな感じがしない? 
そうでもないかな。

とにかくね、ある時そう考えられてあたしは、なんていうのかな、どこかが吹っ切れた気がするのよ。
自分を大人だと決める必要を感じることも、あるいはまだまだ子供だと思うことにも、だから本当はきっと大した意味なんてないのよ」

そこまでいった彼女は、なんかあんまり励ましてる感じがしなくなってきちゃったねえと自分でも不思議そうに首を傾げた。

「それにさ、男って時々、園の子供たちにすごく似てるなあ、って思うこと、はるかちゃんない?」

そうなのかもしれないとも思った。
けれどすぐには思い当たる節が見つけられなくて首を振る動きが中途半端になった。

「でも、あたしなんであんなこと―」

少し時間が経ったことでいつのまに胸に悔しさみたいなものが湧いていた。
慌てて飲み込んだ言葉の続きを察してくれたのか、飯島先生は大袈裟に肩をすくめて見せた。

「しょうがないよ。好きだとか愛してるなんて言葉はいわれるだけで気持ちいいもの。
なんでかはよくわからないけどね」

そういうと飯島先生は両手を持ち上げて伸びをして、でもあたしはもうずいぶんしばらくいわれてないなあ、とちょっぴり悔しそうに笑った。

そこでふと時計を見ると思った以上に遅い時間になっていた。
向かいの相手もすぐそのことに気づいたようだった。

「明日もあるし、じゃあそろそろ引き上げようか」

頷いたはるかに飯島先生は、大丈夫ね、と重ねて念を押し、それからまた何かいいかけて止めた。
少なくともはるかにはそんなふうに見えた。

伝票を持って立ち上がった彼女の後を追いかけてアイスティーの分の会計を渡した。
そう? このくらいおごりでもいいと思ってたけど、じゃあもらっとくね、といった彼女にはい、と答えて頭を下げた。

別れ際の駐車場で、また電話くれて全然いいからねと飯島先生は手を振ってくれた。
おやすみなさいと一礼し自分もマーチに乗り込んだ。
けれどキーを差し込んだだけですぐにはエンジンをかけることはしなかった。

まもなく少し向こうで一台の車が動き出した。
シルエットしかわからなかったけれど飯島先生のものに違いなかった。
その小型車がウィンカーを点滅させ道路へと出ていく後ろ姿をぼんやりと見送った。

一人で居間にいた時よりもほんの少しだけ心が軽くなっていた。
確かにそれは本当だった。
でも思い返せば自分はまだ何も決められないままだったし、どこか今と違う場所へ向かって歩き出すことさえいなかった。

店内の喧騒が嘘のように駐車場はしんとしていた。
手をかけていたハンドルにおでこを乗せまたはるかは一つ息を吐いた。
夜気が車内にも偲び込み吐息を白く染め変えた。

ふと見上げると、いつのまに月が頭上に高かった。
半月にほど近いわずかに膨らんだ月だった。
儚い光線でうっすらと自身の周囲を照らし、雲の影を映し出している。
まるで空にかすかに開いた隙間をようやく見つけて顔を出したとでもいった様子だった。

―愛してる、か。

しばらくいわれてないやと笑った飯島先生の顔を浮かべながらそう胸の中で言葉にしてみた。
少しだけ羨望に似た気持ちを感じたけれど、自分でもすぐにはその理由がわからなかった。

けれどその時不意に昔のある出来事が胸に甦ってきた。
月とその短い言葉とが記憶を呼び覚ましたのに違いなかった。
それは今の今まですっかり忘れていた思い出だった。


[第百二十一話(はるか篇-5)] [第百二十三話(はるか篇-5)]

by takuyaasakura | 2008-06-10 10:43 | 第百二十二話(はるか篇-5) | Comments(0)
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その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
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[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

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