人気ブログランキング | 話題のタグを見る
Thanks! 10th ANNIVERSARY  特別企画
第百二十五話(はるか篇-5)

「確かに今みたいな場面はすごくよく頭に浮かぶ気もするけど、でもそういうのは、愛してるって言葉に当てはまるほど強い気持ちじゃないんじゃないかな」

声を発したのはまことだった。
普段より少しだけ口調がきつかった。
戸惑ってはるかはそっと隣の相手を盗み見た。
まことの目はまっすぐに正面の母に向いていた。
目つきもなんだかいつもより険しいようだった。

「あらそう? そんなことないと思うけど」

視線を受け止めた母は笑みを崩さなかった。
むしろ頑なにその表情をとどめようとしているような印象さえあった。

「だってそんなの、なんだか単に挨拶してるだけみたいじゃない」

応じるまことはなお不服げだった。
視線も微動だにしていない。

「でも二人の関係が特別であれば、そこにはいろんなものが伝わるんじゃないかしら」

あくまで穏やかさを装う母についに根負けしたのか、まことの方が目を伏せて何故かそこで唇を噛んだ。
すると母も首を傾げながら相手の隙をつくように一瞬だけ同じことをしていた。
そんなそれぞれの小さな仕草をはるかだけが見逃さずにいたのだと思う。

「確かにね―」

続けていいかけた母はけれどそこで口を噤んでしまった。
食卓には気まずい沈黙だけがぽつりと取り残されていた。

誰もがほとんど食べ終わっていたから、そこには湯気の名残さえ見当らなかった。
正直その時のはるかには、二人の論点がいったいどこにあるのかすらよくわかってはいなかった。
急に険悪になった気配に自分はただとまどっていた。

今になればおそらくまことはすでに自分のうちに渦巻いて止まなかったやり場のない想いに苦しんでいたのだろうとも想像できるし、一方の母は母で、そこに見つけた何か自分を支えているよすがのようなものを、何からかはともかくとして、それでも懸命に守ろうとしていたのではないかと理解できる。
何より当時のまことはどんどんと彼女の実の母親に似てきていた。
目鼻立ちのくっきりとしたどこか派手な顔立ちが、はたして母にどんなふうに見えていたのかと考えれば不意に痛みのようなものが胸を射すような気がすることもある。
だがはるかがそんな気持ちを知ったのはもちろんもっとずっと後になってからのことだった。

黙ってしまった二人を前に、その夜のはるかはただ懸命に言葉を探していた。
自分なら何か二人の空気を和らげるようなことがいえるのではないかと思った。
いえるはずだと信じていた。
信じたかった。
けれど結局間に合わなかった。
次に口を開いたのもやはり母だった。

「あなたがどうであれ、私はそういう愛を信じているの」

さっき口にしかけたはずの台詞の続きはどこかへ消えてしまっていた。
その一言でさえ目の前のまことに向けられたものかどうかも定かではなかった。

「ごちそうさま」

再び舞い降りかけた沈黙をいやがるようにまことがそういって勢いよく席を立った。
まるで怒っているみたいな様子だった。
まことはそのまま自分の分の食器を重ねると、はるかたちに背を向けて台所へと歩き出した。

「まこと」

すかさず母が呼びとめた。
けれどまことは足を止めこそしたけれど、すぐには振り向くことをしようとはしなかった。

「みんなもうほとんど終わってるからすぐに食器も洗っちゃいましょう。
今日はあなたが手伝って」

ようやく振り向いたまことに、いいわね、と母が笑いながら重ねた。
かすかに唇を尖らせながらまことが頷いて返事した。
あたしも手伝おうか、とおそるおそる尋ねたけれど、母は、二人いれば大丈夫よと首を横に振って答えた。
それ以上言い張るのも不自然に思えて、結局はるかは残っていた自分のご飯を大急ぎでつめ込んでから、まことの後を追いかけて自分の食器を流しに運んだ。

所在なく居間のソファでテレビを眺めた。
でも画面に集中することはまるでできなかった。
意識は肩のずっと後ろで響く洗いものの作業の気配に吸い寄せられたままだった。

水道の音と陶器のぶつかり合う軽い響きが続いていた。
二人はだがその間ずっと、そっちのお鍋とって、とか、これはどこにしまうんだっけ、といった程度の短い言葉しか互いに口にしてはいなかった。

やがて水音が止まってしまうとすぐ、まことが部屋に帰ろうと呼びにきた。
頷きはしたが何となく母が気になってはるかはソファを立てずにいた。
するとまことが不意に自分の手を取った。
そんなのは滅多にないことだった。
洗いものの水気が残っていたのか、彼女の手のひらはほんの少しだけ湿っぽかった。


[第百二十四話(はるか篇-5)] [第百二十六話(はるか篇-5)]

by takuyaasakura | 2008-06-13 13:16 | 第百二十五話(はるか篇-5) | Comments(0)
<< 第百二十六話(はるか篇-5) 第百二十四話(はるか篇-5) >>

その日、止まっていたはずの彼女たちの物語が再びそっと動き始めた。
by takuyaasakura
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カテゴリ
ごあいさつ
トレーラー
第一話(イントロダクション)
第二話(イントロダクション)
第三話(イントロダクション)
第四話(イントロダクション)
第五話(はるか篇-1)
第六話(はるか篇-1)
第七話(はるか篇-1)
第八話(はるか篇-1)
第九話(はるか篇-1)
第十話(はるか篇-1)
第十一話(はるか篇-1)
第十二話(はるか篇-1)
第十三話(はるか篇-1)
第十四話(はるか篇-1)
第十五話(はるか篇-1)
第十六話(はるか篇-1)
第十七話(はるか篇-1)
第十八話(はるか篇-1)
第十九話(はるか篇-1)
第二十話(はるか篇-1)
第二十一話(まこと篇-1)
第二十二話(まこと篇-1)
浅倉卓弥より年末のご挨拶
浅倉卓弥より年始のご挨拶
第二十三話(まこと篇-1)
第二十四話(まこと篇-1)
第二十五話(まこと篇-1)
第二十六話(まこと篇-1)
第二十七話(まこと篇-1)
第二十八話(まこと篇-1)
第二十九話(まこと篇-1)
第三十話(まこと篇-1)
第三十一話(まこと篇-1)
第三十二話(はるか篇-2)
第三十三話(はるか篇-2)
第三十四話(はるか篇-2)
第三十五話(はるか篇-2)
第三十六話(はるか篇-2)
第三十七話(はるか篇-2)
第三十八話(はるか篇-2)
第三十九話(はるか篇-2)
第四十話(はるか篇-2)
第四十一話(はるか篇-2)
第四十二話(まこと篇-2)
第四十三話(まこと篇-2)
第四十四話(まこと篇-2)
第四十五話(まこと篇-2)
第四十六話(まこと篇-2)
第四十七話(まこと篇-2)
第四十八話(まこと篇-2)
第四十九話(まこと篇-2)
第五十話(まこと篇-2)
第五十一話(まこと篇-2)
第五十二話(まこと篇-2)
第五十三話(まこと篇-2)
第五十四話(まこと篇-2)
第五十五話(まこと篇-2)
第五十六話(まこと篇-2)
第五十七話(まこと篇-2)
第五十八話(はるか篇-3)
第五十九話(はるか篇-3)
第六十話(はるか篇-3)
第六十一話(はるか篇-3)
第六十二話(はるか篇-3)
第六十三話(はるか篇-3)
第六十四話(はるか篇-3)
前半のあらすじ
浅倉卓弥インタビュー[1]
浅倉卓弥インタビュー[2]
浅倉卓弥インタビュー[3]
第六十五話(はるか篇-3)
第六十六話(まこと篇-3)
第六十七話(まこと篇-3)
第六十八話(まこと篇-3)
第六十九話(まこと篇-3)
第七十話(まこと篇-3)
第七十一話(まこと篇-3)
第七十二話(まこと篇-3)
第七十三話(まこと篇-3)
第七十四話(まこと篇-3)
第七十五話(まこと篇-3)
第七十六話(まこと篇-3)
第七十七話(まこと篇-3)
第七十八話(まこと篇-3)
第七十九話(まこと篇-3)
第八十話(まこと篇-3)
第八十一話(まこと篇-3)
第八十二話(まこと篇-3)
第八十三話(まこと篇-3)
第八十四話(まこと篇-3)
第八十五話(まこと篇-3)
第八十六話(まこと篇-3)
第八十七話(はるか篇-4)
第八十八話(はるか篇-4)
第八十九話(はるか篇-4)
第九十話(はるか篇-4)
第九十一話(はるか篇-4)
第九十二話(はるか篇-4)
第九十三話(はるか篇-4)
第九十四話(はるか篇-4)
第九十五話(はるか篇-4)
第九十六話(まこと篇-4)
第九十七話(まこと篇-4)
第九十八話(まこと篇-4)
第九十九話(まこと篇-4)
第百話(まこと篇-4)
第百一話(まこと篇-4)
第百二話(まこと篇-4)
第百三話(まこと篇-4)
第百四話(まこと篇-4)
第百五話(まこと篇-4)
第百六話(まこと篇-4)
第百七話(まこと篇-4)
第百八話(まこと篇-4)
第百九話(まこと篇-4)
第百十話(まこと篇-4)
第百十一話(まこと篇-4)
第百十二話(まこと篇-4)
第百十三話(はるか篇-5)
第百十四話(はるか篇-5)
第百十五話(はるか篇-5)
第百十六話(はるか篇-5)
第百十七話(はるか篇-5)
第百十八話(はるか篇-5)
第百十九話(はるか篇-5)
第百二十話(はるか篇-5)
第百二十一話(はるか篇-5)
第百二十二話(はるか篇-5)
第百二十三話(はるか篇-5)
第百二十四話(はるか篇-5)
第百二十五話(はるか篇-5)
第百二十六話(はるか篇-5)
第百二十七話(はるか篇-5)
第百二十八話(まこと篇-5)
第百二十九話(まこと篇-5)
第百三十話(まこと篇-5)
第百三十一話(まこと篇-5)
第百三十二話(まこと篇-5)
第百三十三話(まこと篇-5)
第百三十四話(まこと篇-5)
第百三十五話(まこと篇-5)
第百三十六話(まこと篇-5)
第百三十七話(まこと篇-5)
第百三十八話(まこと篇-5)
第百三十九話(まこと篇-5)
第百四十話(まこと篇-5)
第百四十一話(まこと篇-5)
第百四十二話(まこと篇-5)
第百四十三話(まこと篇-5)
第百四十四話(まこと篇-5)
第百四十五話(まこと篇-5)
第百四十六話(まこと篇-5)
第百四十七話(まこと篇-5)
第百四十八話(まこと篇-5)
第百四十九話(はるか篇-6)
第百五十話(はるか篇-6)
浅倉卓弥より第百五十話に寄せて
第百五十一話(はるか篇-6)
第百五十二話(はるか篇-6)
第百五十三話(はるか篇-6)
第百五十四話(はるか篇-6)
第百五十五話(はるか篇-6)
第百五十六話(はるか篇-6)
第百五十七話(はるか篇-6)
第百五十八話(はるか篇-6)
第百五十九話(はるか篇-6)
第百六十話(はるか篇-6)
第百六十一話(はるか篇-6)
第百六十二話(はるか篇-6)
第百六十三話(はるか篇-6)
第百六十四話(はるか篇-6)
第百六十五話(はるか篇-6)
第百六十六話(まこと篇-6)
第百六十七話(まこと篇-6)
第百六十八話(まこと篇-6)
第百六十九話(まこと篇-6)
第百七十話(まこと篇-6)
第百七十一話(まこと篇-6)
第百七十二話(まこと篇-6)
第百七十三話(まこと篇-6)
第百七十四話(まこと篇-6)
第百七十五話(まこと篇-6)
第百七十六話(まこと篇-6)
第百七十七話(まこと篇-6)
第百七十八話(まこと篇-6)
第百七十九話(まこと篇-6)
第百八十話(まこと篇-6)
第百八十一話(まこと篇-6)
第百八十二話(まこと篇-6)
第百八十三話(まこと篇-6)
第百八十四話(まこと篇-6)
第百八十五話(まこと篇-6)
第百八十六話(まこと篇-6)
第百八十七話(はるか篇-7)
第百八十八話(はるか篇-7)
第百八十九話(はるか篇-7)
第百九十話(はるか篇-7)
第百九十一話(はるか篇-7)
第百九十二話(はるか篇-7)
第百九十三話(はるか篇-7)
第百九十四話(はるか篇-7)
第百九十五話(はるか篇-7)
第百九十六話(はるか篇-7)
第百九十七話(まこと篇-7)
第百九十八話(まこと篇-7)
第百九十九話(まこと篇-7)
第二百話(まこと篇-7)
第二百一話(まこと篇-7)
第二百二話(まこと篇-7)
第二百三話(まこと篇-7)
第二百四話(まこと篇-7)
第二百五話(まこと篇-7)
第二百六話(はるか篇-8)
第二百七話(はるか篇-8)
第二百八話(はるか篇-8)
第二百九話(はるか篇-8)
第二百十話(はるか篇-8)
第二百十一話(はるか篇-8)
第二百十二話(はるか篇-8)
第二百十三話(はるか篇-8)
第二百十四話(はるか篇-8)
第二百十五話(はるか篇-8)
第二百十六話(はるか篇-8)
第二百十七話(まこと篇-8)
第二百十八話(まこと篇-8)
第二百十九話(まこと篇-8)
第二百二十話(まこと篇-8)
第二百二十一話(まこと篇-8)
第二百二十二話(まこと篇-8)
第二百二十三話(まこと篇-8)
第二百二十四話(まこと篇-8)
第二百二十五話(まこと篇-8)
第二百二十六話(まこと篇-8)
第二百二十七話(まこと篇-8)
第二百二十八話(まこと篇-8)
第二百二十九話(まこと篇-8)
第二百三十話(終章)
第二百三十一話(終章)
第二百三十二話(終章)
第二百三十三話(終章)
第二百三十四話(終章)
第二百三十五話(終章)
第二百三十六話(終章)
第二百三十七話(終章)
第二百三十八話(終章)
[登場人物]

来生まこと
24歳。小学校時代に母親とともにはるかの隣家へ越して来る。以後は、はるかにとって一番近い存在となったのだけれど、高校卒業を前に家を出て現在は所在不明。

片岡はるか
24歳。教職についていた両親の一人娘で、自身は現在保育士として地元の幼稚園に勤めている。母の死後、二人暮しで衰えた父親の面倒を見ながら日々を送っている。

久住哲平
湖畔の食堂の一人息子。まこととはるかの二つ上で、二人の幼馴染み。現在は自動車修理工で故郷を離れている。



浅倉卓弥
(あさくら たくや)


1966年7月13日北海道札幌生れ。東京大学文学部卒。
2002年『四日間の奇蹟』で第一回『このミステリーがすごい!』大賞金賞を受賞し翌年デビュー。『君の名残を』、『雪の夜話』、『北緯四十三度の神話』、『ライティングデスクの向こう側』、『ビザール・ラヴ・トライアングル』など、次々と話題作を発表する気鋭の若手ベストセラー作家。



[連載小説]
*毎週月~金曜日連載*



[おことわり]

コメント、およびトラックバックは、エキサイト株式会社にて、当ブログへのコメント、およびトラックバックとしてふさわしいか、誹謗中傷や公序良俗に反する内容が含まれていないかどうかを確認、内容により予告なく削除致します。予めご了承ください。
最新のコメント
気軽にセックスしたい人
by セックスフレンド募集コミュ at 13:21
登録するだけ!あとはメー..
by 逆ナン at 14:27
誰だよ。今ネットでも話題..
by あやの at 17:00
リア友に知られると不味い..
by リア友 at 19:38
はじめまして、これからお..
by KiRaRa 悪質 at 17:39
こんな時だからこそ、生..
by 備えあれば憂いナシ!! at 07:28
マグロだけですよ?!ベ..
by なっ、なんぞーっ?! at 06:49
自分はワンピースが一番好..
by ワンピース at 15:07
俺みたいなオッサン相手..
by 40歳のオッサンだったけど at 22:57
どぷゅんどぷゅん中に注..
by 満タンいきますです at 15:38
3発でまだ足りないって..
by んなアホな!? at 11:09
俺、初めてフェラティー..
by すごく気持ちよかった! at 14:14
今までデリ嬢に金払って..
by お゛お゛お゛お゛お゛ at 15:38
家出少女が集う家出掲示板..
by 家出掲示板 at 12:12
うにゃぁぁぁ!!8万で..
by もうキムタマからっぽw at 08:12
モバゲーもいいけどモバゲ..
by モバゲー at 14:15
只今身体の相性合う人探し..
by セフレ at 11:02
あんなに激しい騎 乗 ..
by まだ先っぽジンジンしてるw at 11:47
セレヴと契約して、美味..
by 生活レベルアップ!!!! at 02:51
ぷにぷにのパ イ パ ..
by ピューピュー吹いてましたwww at 07:29
ライフログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧